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砕ける月

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  第 40 章  

 アタシは大急ぎで風呂から上がるとダイニングに駆け込んだ。
「ねぇねぇ、お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!!」
「また、あなたはそんなはしたない格好で……」
 祖母はさっきの温和な表情が嘘のように厳しい目でアタシを睨んだ。
 アタシは体を拭くのもそこそこに脱衣所を出ていた。一応、下着だけは着けていたけど汗がひく前に服を着るのが嫌だったのだ。
 男性の部屋に泊まるのはオーケーで家族しかいない家の中を下着姿で歩くのはダメ、という祖母の基準はよく分からなかったけど、とりあえず手に持っていたTシャツを上に羽織った。
 祖母は冷蔵庫からよく冷えた麦茶を出してくれた。アタシはそれを一息に飲み干した。
「で、何なの、そんなに慌てて」
「そうそう、さっきの封筒っていつ届いたの?」
「今朝の新聞を取ったときにはなくて……三時過ぎに宅急便が来たときにはあったわね」
「宅急便?」
「そう。通販で買った物が届いたの」
 祖母は実は無類の通販マニアで、我が家には非常に役に立つモノから何に使うのかまるで理解できないモノまで様々なグッズが溢れている。この話が始まると長いのでアタシは何を買ったのかには触れなかった。
「じゃあ、誰が持ってきたのかは見てないのね?」
「ええ、そうよ。でも……」
「でも、なに?」
「ちょうどその頃にお祖父さんが帰ってきて、この辺りをウロウロしてる暴走族みたいなのがいるから気をつけろって言ってたわ」
「暴走族?」
「そうなの。白黒だったんで最初はパトカーかと思ったらしいんだけど、天井のランプがないから分かったって。紛らわしいって怒ってたわ」
 間違いない。それは久住の白黒ツートンのハチロク(通称、パンダトレノ)だ。
 アタシは頭に血が上るのを感じた。
 昨日の朝、高橋は病院を抜け出していた。彼は本当なら歩くのもままならない重傷患者だ。クルマの運転など出来るはずはない。何処かで動かずに潜伏しているのでなければ彼を手助けする人間が必要だし、それが久住であることは十分に可能性のある話だった。
 高橋は病院を一刻も早く離れるために、それほど時間を置かずに久住に連絡をしたはずだ。つまりアタシが会いに行ったときには久住は高橋を保護していたか、少なくとも高橋の居場所を知っていたことになる。
 その時は気づかなかったけれど、そうでなければアタシが”高橋が病院を抜け出したことを知っているか”と訊いたときにいきなり敵対的な反応をするはずはなかった。もっと驚いたり事情を知ろうと訊き返したりしたはずだ。
 アタシが高橋と敵対しているわけではないと納得してくれたからこそ、八月十日の夜のことは話してくれたのだと思う。連絡が取れていることを言わなかったのは、高橋に口止めされていたからだろう。
 友人を守るという意味では久住の判断は妥当なものかも知れない。しかし、高橋と会えていれば(そして口を割らせれば)すぐに分かることを調べるために、アタシはほとんど一日を無駄にしていた。
「それがどうかしたの?」
 祖母は心配そうな顔をしていた。茶箪笥のガラス戸に映ったアタシは眉間にシワをよせて、今にも誰かに殴りかかりそうな形相をしていた。
 アタシは無理やり微笑を浮かべて首を振った。
「ううん、何でもない。ちょっと思惑が外れただけ。――あ、教えてくれてありがとね」
 アタシは返事を待たずに身を翻して、自分の部屋に駆け込んだ。

 試しに久住のケイタイを呼び出してみたら、ワンコールも鳴らずに通話は切れた。
 着信拒否とはいい度胸だ。
 家の電話でかけ直しても良かったけど、この調子ではアタシと分かれば切られるだろう。そんな無駄なことをする暇はなかった。アタシはすぐに出かける支度に取り掛かった。

 天神地下街のアートコーヒーには梅野のほうが先に着いていた。
 地下街のど真ん中、地下鉄天神駅の目の前で、時間によっては席が空かないこともあるこのコーヒースタンドも、八時を過ぎると結構ガランとしていた。
 アタシはカウンターで注文したホットコーヒーを受け取った。梅野は取扱説明書とケイタイの画面を交互に見ながら何かの設定をしていた。こういうことをしていると集中してしまうタイプのようで、アタシが隣のスツールに座っても顔を上げる様子はなかった。
「ごめんなさい。待たせちゃいました?」

 アタシは言った。
「いえ、そんなでも――ええっ!?」
 ケイタイから顔を上げた梅野は、呆然と口を開いたままでしきりに目を瞬かせた。
 アタシはホルターネックのキャミソールに丈の短い半袖のシャツ、デニムのミニスカート、足元はオープントゥのサンダルブーツという、いかにもギャル系という感じのの格好だった。キャミソールはカーマインレッド、ブーツとローウェストに巻いた革のベルトは同じダークブラウンで合わせてあった。ちょっと派手めにメイクもして、髪形もヘアスプレーを使っていつもの無造作な感じとはかなり違って見えるように整えてあった。顔の半分くらい隠れそうなイエローのサングラスをかけて、普段は着けないアクセサリも胸元と手首にジャラジャラとぶら下がっている。
「ど、どうしたんすか、一体!?」
「……一応、変装のつもりなんですけど」
「変装?」
「アタシ、顔を知られてるんで」
「ああ、なるほど。待ち合わせ場所を変えたのもそのせいっすか」
 アタシは頷いた。
「まあ、昼間に素顔で行っといて今更って気もしますけど。――この格好、おかしくないですか?」
「全っ然。すっごく似合ってますよ」
「……それはそれで、割とフクザツですけどね」
 着ている服はここに来る前に天神コアのギャル系ファッションの店で買い揃えたものだった。アタシのワードローブは由真に「制服?」とからかわれるくらい、どれも似たようなものばかりだからだ。
 最初はメイクまでする必要はないと思ったのだけれど、派手な格好でノーメイクというのはあまりサマにならないことに気がついた。幸いにも(と言っていいのか分からないけど)斜向かいがコスメの店で、そこでメイクを施してもらったのだ。
 普段と真逆の格好をしようとしてこの格好に行き着いた自分の選択が、由真とまったく同じだったことには後で気がついた。

「そんなことよりコレ、見てください」
 アタシは送られてきた告発書のコピーを取り出した。前半の文書のところだけを縮小コピーしたもので、小さく折り畳んだせいで少し見づらくなっていた。
 手持ちのバッグは熊谷の事務所前でのやりとりで懲りていたので今回は手ぶらだった。告発書の本物は着替えた服と一緒に西鉄福岡駅のコインロッカーに預けてあった。スカートのヒップポケットに入らないもの(このコピーもそうだ)は腰の後ろの小ぶりなシザーバッグに納めていた。
 文書のタイトルを見た梅野は嫌なものを見たように口の端を歪めた。
「これ、どうやって手に入れたんすか?」
 梅野は言った。
「ウチの郵便受けに入れてあったんです。久住が持ってきたみたいなんですけど」
「久住って……あのハチロクの?」
「そうです。多分、高橋が一緒にいると思うんですけど」
 アタシはそれが投函された時間帯に、自宅近くで白黒ツートンのハチロクらしきクルマが目撃された話をした。
「なるほど。で、久住とは連絡は取れないんすか?」
「着信拒否されてました」
「ふざけやがって。――どうするんすか、久住をぶん殴りに行くんすか?」
「殴ったりしませんよ」
 アタシは苦笑した。
「とりあえず、放っておくしかないでしょう。あっちが連絡とる気がないんだったら何も出来ませんからね。ま、あっちも由真を見つけようとしてるんなら、何処かで出くわすかも知れないし」
「それはそうっすね」
 梅野はタバコのソフトパッケージを指して「一本吸っていいっすか?」と言った。アタシは構わないと答えた。告発書を読みながら梅野はタバコをあっという間に灰に変えた。
 読み終えると梅野はコピーをアタシに返した。
 ここで話をしても良かったけど、時間を潰したいわけじゃなかった。どちらからともなく店を出ることにした。
 地下街の店は半数ほどが営業を終えていた。開いているのはほとんどが飲食店だけで、それも九時には閉まってしまう。地下街自体がその時間には閉鎖されてしまうのだ。夜遊びをしていたころは「もっと遅くまで開いていればいいのに」と思ったものだけれど、防犯上の問題が(ホームレスが住み着いたりするので)あるらしかった。
 梅野はバイクをグランドハイツ大名の近くの駐車場に置いて、ここまで歩いてきていた。そこの管理人が昔の友人で、隅の邪魔にならないところに停めさせてもらっているのだ。
 とりあえず、そこまで戻ることにした。アタシのバイクは例によってバイト先の裏だけど、二人で別々のバイクで動くとはぐれたりするのでタンデムさせてもらうことにした。梅野もそのつもりだったようでアタシの分のヘルメットを用意してくれていた。
 二人で並んで地下鉄天神駅のコンコース内を歩いた。出来るだけヒールが低いものを選んだのだけど、アタシは梅野とほとんど同じ背丈になっていた。アタシの派手な格好と梅野のパンクロッカーのような出で立ちは意外にマッチしていた。
 切符を買って、エスカレータで地下鉄のホームに降りた。
 たった一駅を地下鉄で移動するのは普段のアタシならやらないことだ。一つにはそれほど外が暑かったからで、もう一つは慣れない靴であまり長い距離を歩きたくなかったのだ。
 福岡市営地下鉄のホームはいつものようにひどく静かだった。ホームの端には転落防止用のパーテーションが連なっていて、列車が入ってくるとドアと重なる部分だけが開くようになっている。
 ホームに列車が滑り込んできた。最後尾の車両は空席だらけで、アタシと梅野は並んで座った。
 梅野は思い出したように口を開いた。
「でも、さっきの告発書、何でこのタイミングで送られてきたんすかね?」
「……何故でしょうね。今回は高橋の独断でやったことでしょうけど」
 梅野は意味が飲み込めないような顔をしていた。アタシはMOディスクが送られてきた経緯――由真の意向で高橋がアタシに送った――を説明した。梅野は怪訝そうに眉根を寄せた。
「それは意味が通らないんじゃないっすか?」
「どうしてですか?」
「だって、由真さんは真奈さんをこの件に巻き込みたくなかったからこそ、高橋と二人のところを見られて、真奈さんをシカトしたわけっすよね。なのに、何で真奈さんにディスクを送ったりするんすか」
「そう理詰めで言われても……。アタシしか預けられそうな相手がいなかったからじゃ?」
「まあ、その可能性はありますけど。でも、そもそもコレって誰かに預ける必要なんかないんすよね。だって由真さんにとっては、この世にあってもらっちゃ困る代物なんすから」
 それは確かにそうだった。告発書に添付する分の電子カルテのコピーを取ってしまったら、むしろさっさと消してしまわなくてはならないモノのはずだった。
 アタシは由真が泊まりに来た夜、ディスクをどうするのかと訊いたときの由真の反応を思い出そうとした。
 細かいことは思い出せなかった。ただ、その質問のときに由真が見せた一瞬の沈黙と、ピタリと不自然に動きを止めたことだけはハッキリと覚えていた。
「まさか、アタシのところにディスクを送ったのも高橋の考えだった、って言うんですか?」
「あくまで可能性っすけどね」
 話はそこで途切れた。
 椅子に座ると太腿が露わになって、何とも言えない恥ずかしさだった。アタシはミニスカートを何度も引っ張って直した。梅野がアートコーヒーにいるときからチラチラと視線を送っているのには気がついていたけれど、それはガマンして無視した。
「……そう言えば、ウチで由真さんのブログを読み返してて、気がついたことがあるんすけど」
 梅野が言った。
「何ですか?」
「脅迫メールの動画のことっす。どうしても、コレだけが話の整合性を欠いているんすよね」
 それはアタシもずっと感じていることだった。
「真奈さん、その画像見てるんすよね。すいませんけど、動画の中で由真さんが何て言ってたか、出来るだけ正確に言ってもらえないっすか」
 アタシは目を閉じて、由真の表情を思い出そうとした。幸いにもと言うべきか、アタシはこの動画を二回――熊谷の事務所で一回、徳永祐輔の部屋でもう一回――見ていた。
「えーっと、叔父さん――あ、これは熊谷のことですけど――のところからディスクを持ち出したのはあたし。絶対に表沙汰には出来ない三つのファイル。五千万円でいい。あと、あたしを捜さないって約束して欲しい。お金の受け渡しについては、また連絡する。……こんな感じでした」
 梅野は口の中でそれを復唱しながら、何かの確信を得たように何度も頷いた。
「何か、分かったんですか?」
「いくつか説明できることがありますよ。由真さんは”絶対に表沙汰に出来ない三つのファイル”って言ったんすよね」
「ええ。電子カルテが二つ、画像ファイルが一つ」
 梅野は困ったような微笑を浮かべた。
「……アタシ、何か間違ったこと、言いました?」
「真奈さんがそれを見て、由真さんがMOディスクをネタに自分の家族を脅迫していると思ったのは無理ないっすけどね。熊谷とかいうオッサンもそういう風に話を仕向けてますし。でも、もしこの”三つのファイル”が、お兄さんの医療ミスやお母さんのこととは、まるっきり関係ないものだったとしたらどうします?」
「……意味がよく分かんないんですけど」
「そうっすね、どう言えばいいんすかね……」
 梅野は考えをまとめるように、一度、言葉を切った。

 ちょうどそこで列車は赤坂駅に着いた。話の続きは地上に出てからということで、ホームのエスカレータを(もちろん、アタシが後ろで)上がった。
 改札を抜けて駅から出ると、外は日が落ちたにも係わらずムッとするような熱気に満ちていた。
 目の前にはまたしてもマクドナルドがあった。

「ここまでくると運命を感じないっすか?」
「そんな運命、いらないです」
 とはいえ腹ごしらえは必要だった。ビッグマックのセットを二人分買った。喫煙席のテーブルに陣取って、半ば自棄になってそれを口に運んだ。
「で、さっきの続きは?」
 アタシは言った。何だかんだ言いながらも、食べ始めればアタシはフライドポテトを猛烈な勢いで片付けていた。
「そもそも、由真さんには自分の家族を脅迫する気はないわけっすよね」
「だと思います。ブログにもそう書いてあるし」
「そうっすね。それに、この告発書がそれを証明してるっす。だとしたら、彼女は誰と取り引きしようとしていたと思います? 由真さんが目的を果たす上で排除しなくちゃならない、一連の出来事の裏側を知っている人物は誰っすか?」
「――熊谷。熊谷幹夫」
 梅野は頷いた。
「お母さんの事件を闇に葬り去るためには、画像データを完全に消し去る必要があった。しかし、そのコピーがどれだけあるかは由真さんには分からない。オリジナルっていうのは多分、撮影に使われたデジカメのメモリのことだと思うんすけど、それを奪って高橋に熊谷のコンピュータをぶっ壊させても、バックアップを取られてる可能性は否定出来ない」
「……だから?」
「結局、こういう場合はお互いに弱みを握り合うことでしか、取り引きは成立しないってことっすよ。でも、真奈さんとこに送られてきたMOには、熊谷との取引に使えそうな材料は入ってなかった。それが何を意味するか。つまり、もう一枚のMOディスクが存在するってことっす。熊谷にとって、絶対に表沙汰に出来ない三つのファイルが入ったやつが」
 気がつくと、アタシは馬鹿のようにポカンと口を開けていた。それはあまりにもアタシの想像力の範疇を越えた話だった。
「じゃあ、奴らが追ってるのは、その”もう一枚”ってことですか?」
「そう考えていいと思いますよ。ただ、それが何処にあるのかは掴めていない。だからこそ、真奈さんに手の込んだ作り話までして探りを入れた」
「でも、その確証は得られなかった」
「或いは得られたのかも知れないっすね。だから、奴らは真奈さんに手を出してきていない」
「どうやって確証を?」
「高橋から連絡があったんじゃないっすかね。由真さんと引き換えにディスクを渡す、とか。高橋が熊谷と取り引きをするのなら、それしかカードはないわけっすから。つまり、もう一枚のMOは高橋の手元にあるってことっす」
「だから、アタシには興味を失くしたんですね。……でも、それならもう由真は解放されていていいんじゃないですか。高橋が病院を抜け出して一日以上経ってるのに」
「熊谷の側としては、そう易々と取り引きには応じられないっすよ。そっちはそっちでコピーを取られてるだろうし、こういう言い方はなんですけど、画像データが流出しても由真さんが直接に被害を受けるわけじゃないっすからね。もし由真さんが――この場合は高橋がお母さんのことを内密するのを諦めるという選択をした場合、状況は一気に熊谷たちに不利になりますし」
 アタシは不意にタカハシ・トレーディングが荒らされた話を思い出した。賊の目的はコピーの回収と使われたコンピュータの破壊だったんじゃないだろうか。
 アタシがそう言うと、梅野はウンザリしたように同意の表情を見せた。
「熊谷たちは今、高橋の行方を追ってるはずっす。その唯一の切り札は由真さんの身柄。高橋は逃げ回りながら、やはり唯一の切り札である”三つのファイル”をチラつかせている。どっちが先に切り札を切るのか、お互いにそのタイミングを伺っている」
「何だか、アタシは蚊帳の外みたいですね」
 アタシは何だか、自分が何をしようとしているのか、分からなくなり始めていた。
「ナニ言ってるんすか、真奈さん。だからこそ自由にやれるってことじゃないっすか。別にアイツらのゲームに付き合う必要性なんか、コッチにはないわけだし」
 梅野は何を分かりきったことを、という感じで言い放った。
 それからハンバーガーと飲み物を片付けるまで、お互いに押し黙ったままだった。梅野はまた一言断ってからタバコに火をつけた。
「――で、これからどうするつもりなんすか?」
 正直に言うと、ここで待ち合わせる約束をしたときには具体的な計画があるわけじゃなかった。ただ、FBRの事務所を見張って、動きがあれば後をつけてみようという程度の考えだった。
 しかし、事態はそんな悠長なことを言っていられる状況じゃなくなっていた。
 高橋と熊谷の取り引きが成立すれば、由真の身柄が解放される可能性はあった。
 しかし、熊谷たちが高橋との取り引きに応じる可能性は低いように思えた。おそらく彼らは取り引きに応じる振りをして高橋を捕らえようとするだろう。そのほうが確実だからだ。
 もしそうなったら今度こそ高橋は命を落とすことになる。そして、ディスクが回収されれば事情を知る由真もタダでは済まない。たとえ熊谷が由真を実の娘のように思っているのが本当だとしても。
 高橋を探し出して協力して事に当たるのがベストな選択であることは間違いなかった。でも彼はおそらくアタシと協力しようとはしない。そのつもりなら最初からそうしていただろうから。
 アタシは高橋のシニカルな物言いを思い出してムカつくのと同時に、その裏側で彼なりに苦悩があったのだろうなとも思った。
 電子カルテや死体写真の画像データを預けたのも、告発書を託したのも、その理由は分からない。ひょっとしたらそれは何かのメッセージだったのかも知れない。でも、それはアタシに分かるようには示されてはいなかった。
 だったら、勝手にやるだけだ。
 アタシは深呼吸して覚悟を決めた。手掛かりになりそうなところは目の前にある。グランドハイツ大名N−五〇一号室、有限会社FBRの事務所。
 この時間、しかも高橋の捕捉に全力を挙げている今ならこっちは手薄なはずだった。
「とりあえず、空き巣の真似事でもやりましょうか」
「いいっすね。やりましょうか」
 梅野はニヤリと笑った。








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