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Left Alone

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  第 4 章  

「しかし、お前がモデルとはね」
「何よ、なんか文句あるの?」
「……いや、そんなつもりはないが。ただ、ちょっと意外だっただけだ」
「まあ、実はアタシもなんだけどね」
 村上はいつものように仏頂面で小さく頷いただけだった。
 いかにも仕事帰りといった感じのブルー・サージのスーツ姿。以前はVANのカタログに載っていそうな服が多かったけれど、さすがに三十代になってからは落ち着いた格好をするようになっている。刑事というより、それこそモデルプロダクションにいてもおかしくない優男。誰に似ているかと訊かれたら、十人中九人は韓流ブームの火付け役になった”微笑みの貴公子”の名前を挙げるに違いない。
 もっともパーツごとに見ればそう似てもいないし、第一、この男は苦笑と冷笑以外では滅多なことでは笑わない。少しクセ毛気味の茶髪に丸みを帯びたメタルフレームのメガネ、そして優しそうな(あくまでも”そうな”だけだ)柔らかな顔立ちというキーワードが一致するというだけのことだ。
 アタシと村上は春吉にあるホテル・イル・パラッツォのレストランにいた。通いの家政婦のお礼ということで食事に誘ってくれたのだ。
 暗い色調のウッドパネルを多用した店内にはムーディーな間接照明が灯されている。とは言ってもそれほど堅苦しい感じではなくて、どちらかと言えばカジュアルな趣きだった。このホテル自体がイタリアのデザイナーがデザインしたという代物で、格調高いホテルというよりも現代美術館を思わせる少しくだけた造りなのだ。メイン・ダイニングであるここも女の子をデートに誘うにはもってこいの、少しおめかしして出かけるタイプの店だった。
 由真がコーディネートしてくれた格好――フロントにピンタックの入ったパフスリーブの黒いブラウス、バックスリットの入ったベージュのタイトスカート――のおかげで、窓ガラスに映るアタシと村上はデートをしているように見える。しかし、テーブルを挟んだアタシと彼の間には由真が冷やかすような関係になりそうな気配は希薄だった。それは単に年齢が離れているからというだけの理由じゃない。
 別にそうなることに大きな障害があるわけでもない。村上はずっと前に離婚しているしアタシも今はフリーだ。彼がアタシの初恋の相手だったことは事実だし、そのときの気持ちは今でも忘れていない。ぶっきらぼうで口は悪いけれど、世間的に見て素敵な男性であることも間違いない。
 でも、再びそういう感情を抱くにはアタシと彼の間にはいろんなことがありすぎた。

 父が捜査中に殺人事件を起こしたとき、村上はそれを庇うことなく告発した。それはアタシの父、佐伯真司が望んだことで、村上は自分の経歴や将来を投げ捨ててそれに応えてくれたのだった。
 しかし、当時のアタシにはそれを知る術もなく、アタシは彼を恨んだ。
 もちろん、仮にそれが真っ当な義憤からの告発だったとしても筋の通らない逆恨みだし、その自覚はアタシにだってあった。他人事であれば「当然のことでしょ?」とでも言い捨てたに違いない。それでもアタシの目には村上の決断は裏切りとしか映らなかった。
 二年前の事件で担当の刑事としてアタシの前に現れたときも、彼は自分から真相を語ろうとはしなかった。そのせいでアタシは彼を執拗にあげつらい、酷薄な態度を取り続けた。村上がようやく告発の真相を語ってくれたのは、その事件が終結したあとのことだった。
 今にして思えば、村上は真相を話すための冷却期間をとっていたのかもしれない。事件当時にその話を聞いたとしても、アタシが素直に受け入れることができたかどうかはかなり怪しかったからだ。
 冷静で的確な、いかにも彼らしい判断だと言えるだろう。しかし、同時にそれはアタシと彼の間に決して埋めることのできない深い溝を残していた。

「で、どうなんだ?」
「何が?」
「モデルの仕事さ。楽しくやれているのか?」
「まあね。これでも結構、いい線いってるのよ。ファンレターだってもらったし」
「そいつはすごいな」
 アタシは得意げな顔をしてみせた。たった一通、それも差出人は何処の誰かも分からなかったけど、それでももらったことには違いない。
 運ばれてきた料理はどれも一人で食べるには量が多かった。アラカルトの中からそれぞれ選んだ皿をシェアして食べられるようにそうなっているのだと村上は言った。
 最初に乾杯の声をあげた以外、アタシも村上も食事の間、長年連れ添った夫婦のようにほとんどしゃべらなかった。アタシはわいわいと騒がしく食べるのも嫌いではないけれど、酒席を別にすれば村上はあまりそういうのが得意ではないからだ。こういうところに来たからと言って特に話すこともないアタシたちは、食後の時間を露骨に持て余した。
「……あのさあ」
「何だ?」
「ううん、やっぱりいい。何でもない」
 そんな実りのない会話がしばらく続いて、どちらからともなく店を出ることになった。
 
 春吉のラブホテル街に隣接して建っているというのが、イル・パラッツォの唯一にして最大の欠点だ。おかげでその辺りを村上と連れ立って歩いていると、どうやらそっちへ向かおうとしているカップルとやたらとすれ違う羽目になる。もし知り合いに見られても気にしなければいいだけのことだが、それでもできるだけ面倒なことは避けたかった。
 足早に春吉橋の袂の国体道路沿いまで出ると、先を歩いていた村上が振り返った。
「これからどうする?」
「どうするって、あんたは?」
「明日は非番で予定がないんだ。飲んで帰ろうかと思っているんだが、付き合うか?」
 レストランでは村上は当たり前のようにソフトドリンクを注文していて、アタシはワインを飲ませてもらっていなかった。それが不服というわけではなかったけれど、何となく飲みたい気分ではあった。アルコールが入れば、間にガラス板を挟んだようなアタシと村上のよそよそしさが少しは埋まるような気がしたからだ。
 しかし、明日は一時限目から授業が入っていた。「悪いけど帰る」と言うと、村上はさして残念そうでもなく「そうか」と答えただけだった。
「でも、いいの? 警官が未成年の女の子を飲みに誘ったりしてさ」
「何を今さら。俺の部屋を掃除してくれてるのはその未成年女子なんだが、そのたびに買い置きのギネスが減ってるのをどう説明するつもりだ?」
 思わぬ指摘に言葉に詰まった。村上の冷蔵庫にはいっぱいにギネスが冷やしてあって、アタシは駄賃の代わりに毎回一本ずつくすねている。
「あんた、あれ数えてるの?」
「まさか」
 村上はほんの少しだけ口許を緩めた。カマをかけられたのだ。アタシは頬を膨らませて、彼の胸板を小突こうと無造作に手を出した。
 しかし、パシッという小気味のいい音を立てて、村上は胸の前に上げた大きな手でアタシの拳を受け止めた。かつてはライト・ウェルター級の学生チャンピオンだったこともあるボクサーには雑作もないことだった。視力が足りていればプロでも充分に通用したという話を、アタシは何度か聞いたことがあった。
 拳を戻して、村上を横目で睨んだ。
「今度から堂々と持って帰ることにするわ」
「その日俺が飲む分を一本だけ残しといてくれ。スタウトはキンキンに冷やすもんじゃないが、俺はあれのぬるいのが苦手でね」
「やだ。全部持って帰ってやる」
 顔をしかめて舌を出した。村上は薄い苦笑いを浮かべていた。

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