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Left Alone

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  第 23 章 

 西日本有数のマンモス大学と言われるだけあって、福岡大学の広大なキャンパスには食事ができるところが十数か所もある。大半はいわゆる学生食堂や売店併設のラウンジで、それにコーヒーショップだとか、カフェっぽい造りのちょっと小洒落たレストランといったところが加わる。
 いずれにしても味のほうは価格相応というか、質より量というか、アタシのようなゴチャゴチャと味にうるさい人間には向いていない。由真にくっついて入った西南学院大の学食も似たようなものだったので、福大が特別に悪いということではないのだろうが。
 実は入学した当初はずいぶんと期待していて、何か一つくらい美味しいメニューがあるだろうと通ってみたりもしたのだ。しかし、今では空手同好会の付き合いでもなければ入ることはない。アタシのお昼は基本的に自分で作るお弁当か、売店でパンを買って済ませている。ヘリオスプラザ(何十周年かの記念棟)にはモスバーガーが入っているが、外でも食べられるものをわざわざキャンパスで食べる気がしないという理由で足を踏み入れたことはない。
 図書館ゼミ棟の二階にあるコーヒーラウンジが、留美さんが指定した待ち合わせ場所だった。
 店内には静かなリコーダー・ソナタが流れていた。夏休み中とはいっても人は多く割と込み合っている。窓からは春先にはちょっとしたお花見気分にさせてくれる大きな桜の木が見える。油山の麓という立地のせいか、ここに限らず福大のキャンパスは木々が多いのが特徴で、特に今の季節は強い日差しとグリーンのコントラストが目に眩しく映る。
 窓際のカウンター席でオムライスのセットを食べながら、留美さんはアタシを待っていた。
「すいません、遅くなっちゃって」
「ううん、あたしもさっき来たばっかりだから」
 留美さんは涼しげな目許に笑みを浮かべた。格好はTシャツとジーンズというラフなものだが、それが却ってほっそりとしたモデルらしい体つきを引き立たせている。
 ただ、留美さんのTシャツのセンスはちょっとおかしい。どんな服もさらりと着こなせるセンスの良さとは裏腹に、この人はネタとしか思えないヘンなTシャツのコレクターで通っているのだ。この前の打ち上げで来ていたブルーのシャツの胸には乱暴な字で”FUR NAECHSTES MAL OHNE ITALIEN”と書いてあった。”次はイタリア抜きでやろうぜ!”という意味で、ドイツのおじさんが日本人に投げ掛ける定番のジョークらしい。今着ているオレンジのシャツには気難しそうな男の顔と”飛行機だけはカンベンな!”という〈特攻野郎Aチーム〉のコングのキメ台詞が書いてある。
 アタシはコーヒーを手に彼女の隣に腰を下ろした。
「留美さんってこっちでも先輩だったんですね。知りませんでした」
「まあね。と言ってもあんまり――ほとんど授業に出てないから、三年生になったときには五年通うことが決まってた不良学生だけど」
「そうなんですか?」
「うん。バイトに精を出しすぎちゃったんだよね。いやぁ、学生課から通知が来たときには親父がブチ切れちゃってさ。竹刀でぶん殴られて大変だったわ」
 留美さんの口から出る”親父”という単語には不思議と違和感がなかった。たおやかな見た目に反して剣道の有段者だということもあるが、さっきの電話で彼女の経歴を聞かされていたからかもしれない。

 体育会系だとは思っていたけど、まさか、この人が元レディースだとは思わなかった。
「で、知りたいことって?」
 留美さんは平らげてしまった皿を脇によけて、セットのコーヒーを口に運んだ。本人は意識してはいないのだろうが、そういった仕草の一つ一つが様になっている。
「白石葉子さんのことなんですけど」
「真奈ちゃんにファンレター出してたんだったよね、あの子」
 大事に保管してきた葉子の手紙を見せた。留美さんは少し遠慮がちな手つきで手に取った。
「ホント、葉子って文才なかったのよね。あの子の卒業文集のご大層なアレ、あたしが書いたんだから」
「じゃあ、留美さんも博多中央なんですか?」
「まさか、そんなに頭良くないよ。葉子とは中学が一緒なの。あたしは親父が道場を開くときに転校しちゃったけど。文集は葉子が「書かなきゃいけないけど書けない」って悶えてたときに、たまたま居合わせただけ。まあ、ありがちなことを適当に書き飛ばしただけなんだけどね」
 しばらく懐かしむように短い文面に目を通して、アタシのほうに滑らせて返した。
「それじゃ、葉子さんとは、その……街で?」
「それはちょっと違うかな。あたしはどっちかっていうと田舎のほうで走り回ってたクチだから、そんなに街に出てきたりはしてなかったし。――正直に言っちゃうと、実は和津実繋がりなの」
「和津実って……吉塚和津実?」
「あいつ、あたしの従妹なのよ」
 そう言えば、留美さんの苗字は和津実の旧姓と同じ「千原」だった。これはまた意外な繋がりだ。
「あ、真奈ちゃんと和津実のことは宮下から聞いてるから。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いえ、そんな」
 それからしばらく、自分が葉子のことを調べ始めた経緯を話した。宮下が断片的に話してくれていたようだったが、アタシと葉子の関わりを理解してもらうには父の事件を避けては通れず、結果としてかなり端折ったにも関わらず一通りのことを説明するのにずいぶん時間がかかった。
「……なるほどねぇ」
 留美さんは感嘆したように息をついた。
「苦労してるんだね。由真ちゃんもそうだけど、二人ともいいところのお嬢様だと思ってたから、ちょっと意外だな」

「お嬢様なんかじゃないですよ」
 由真はともかく、アタシはありふれた警察官の家庭に育った普通の娘だ。でも、祖父は実業家であり市議会議員でもあった。通っていた高校も福岡では名の通った私立の女子高だ。世間的にはそう見られていてもおかしくはない。
 とは言え、改めて言われると気恥ずかしさというか、実像との落差に対して申し訳ないような気がした。
「アタシだって、一時は街でフラフラしてましたしね。空手やってるからっていい気になってケンカとかしてましたし」
「うん。それは知ってる」
「へっ!?」
 さっきの話ではそこは端折った部分だった。

「どうして……?」
「真奈ちゃんがケンカしてるとこ、見たことあるのよ。ずっと前のことだけど。中洲のTAITOのゲーセンじゃなかったっけ?」
 今は閉店してなくなってしまってが、確かにアタシは中洲のど真ん中にあるゲームセンターで大立ち回りをやらかしたことがある。
「……どうして留美さんが?」
「たまたま居合わせた――っていうのは嘘で、中洲辺りにケンカで連戦連勝の空手使いの女の子がいるって噂を聞いててね。で、ウチのチームにスカウトしに行ったの。ちょうど対立してたチームとの小競り合いが続いてた時期で、助っ人が欲しかったから」
「はぁ……」
「たださ、人の噂なんてアテにならないものよね。神取忍みたいなゴツイ子だって聞いてたから、まさか真奈ちゃんみたいにスラッとした可愛い子だなんて分かんなかったの」
 留美さんは当時のことを思い出したように憤懣やるかたないという表情だった。
「ちなみにそれをあたしに教えたのが、あの宮下なんだけどさ。まあ、かなりの蹴り技の使い手だって聞いてたから、すぐにそれが目当ての子だってことは分かったけど。でも、もう一人の連れの子と一緒に逃げ出しちゃったから、口説き損なって」

 アタシはその時の連れが由真で、それが出会いだったのだと教えてやった。留美さんはさらに感嘆したように「世の中って狭いよね〜」と言った。まったく同感だ。
「でもさ、あのときのマッハ蹴りはすごかったな。相手の男、鎖骨を押さえてのた打ち回ってたけど」
「はぁ……」
 好きな人の前で昔の悪事をネタにされたような気恥ずかしさに、アタシは間の抜けた感嘆の言葉しか言えなかった。マッハ蹴りとブラジリアン・ハイ・キックが厳密には別の蹴りだと訂正する余裕などあろうはずもない。
「――昔話はさておき。葉子の高校のときのことだよね」
「はい。彼女、表向きは――っていうか、家族とかには渡利みたいな連中と付き合いがあるような素振りは見せてなかったみたいなんですよね」
「親がそう言ってたの?」
 アタシはうなづいた。

 少なくともアタシに話した限りでは、葉子の両親は娘の素行について特段の異常を感じていた様子はなかった。だから、アタシの父親の事件報道と葉子を結びつけて考えたりしなかったのだ。
「要領が良かったからね、葉子は。それにまあ、遅くなったときにはお兄さんのアパートがあったし」
「……意味がよく分かんないんですけど」
「葉子のお兄さんが清川に住んでてね。部活とか補習で遅くなったときは周船寺まで帰らずに、そっちに泊まることになってたの。で、このお兄さんがいろいろと忙しくてアパートには寝るために帰ってきてるような人だったから、葉子は事実上好き勝手にできてたってわけ」
「なるほど」
 留美さんはこの葉子の兄(二人のどっちかは分からないが)が親には内緒で風俗店の雇われ店長をやっていて、葉子とはお互いに秘密を庇い合う関係だったと教えてくれた。西区在住の葉子が親に干渉されることなく夜の街で遊ぶことができたのには、そういうカラクリがあったのだ。
「学校での彼女ってどんな感じだったんでしょうね?」
「聞いた話だけど、ハッキリ言って落ちこぼれだったみたいよ。もともとあたしとそんなに変わらないくらいの成績だったし、国語に限って言えばあたし以下だしね。周りの人間に言わせれば葉子が”博中”に受かったこと自体が奇跡だもの」
「授業についていけなかったってことですか?」
「そうじゃないかな。ま、進学校ではよくある話なんじゃないの」
「なるほど」
 とはいえ、アタシも留美さんも進学校というものにまるで縁がないせいで実感は湧かなかった。
「葉子さんの友だちって、どんな人がいたんですか?」
「学校? それとも悪いほう?」
「どっちも。あ、和津実――さんは知ってますけど」
「いいよ、無理して”さん”付けしなくても」
 留美さんはバッグから小さなシガレット・ケースを取り出した。ちょっとだけ伺いを立てるような視線をアタシに向けて、電子ライターでポールモール(留美さんは格好良く”ペルメル”と呼ぶ)に火をつけた。アタシはタバコを吸わないが食後には一服したくなるものだということは知っている。自分が何か食べているわけではないので気にはならない。

 留美さんはいかにも旨そうに煙を吐き出した。
「学校のほうは一緒だったわけじゃないから、見たことがあるだけしか知らないけどね。だいたい、いつも葉子と和津実、郁美の三人でつるんでたっけ」
「郁美?」
「そう。苗字は――たしか、若松だったと思うんだけど。一年のときに三人とも同じクラスで、それ以来の付き合いだったみたい。三人とも見た目は良かったけど、まったくタイプがバラバラだったから、傍から見ると何だかヘンなトリオだったな」
 スレンダーで凛々しい葉子と、豊満で男好きのするタイプの和津実(見た目が良いという評価には異論があるが)は正反対と言っていいだろう。その二人とまったく違うというと、どんな感じになるのだろうか。
 留美さんは眉根を寄せて「強いて芸能人に喩えるなら池脇千鶴だ」と言った。ビールのCMに出てくる丸顔の優等生っぽい顔立ちが脳裏に浮かぶ。似ているかどうかは別にして、そういう系統ということだろう。確かにそれはまるで違っている。
「若松郁美さんは、今、何をしてるか知ってます?」
「それがさ、申し訳ないんだけど知らないのよ。もともと、あたしの知り合いじゃないし」
「でも、留美さんが見たことあるってことは、その三人は学校内だけの付き合いじゃなかったってことですよね」
「まあね。質問の後半にも関係するんだけど、三人ともジュンのグループに出入りしてたの。ジュンが葉子の――あたしのでもあるけど、中学の先輩だってことは?」
「知ってます。宮下さんから聞きました」
 アタシは葉子が渡利純也に恋していて、それが奇跡の合格を生んだ理由だという自分の推測を話した。留美さんはその通りだと答えた。
「でも、葉子が入学してすぐにジュンは退学しちゃったからね。で、葉子はジュンを捜すために夜の街に出てきて、それにその二人がくっついてきたのよ」
「麗しき友情ってことですか」
 留美さんはチラリとアタシに視線を投げた。
「真奈ちゃんって意外と皮肉屋なのね。そこまで知ってるんなら、和津実がジュンを横取りしたことも知ってるんでしょ」
「……ええ、まぁ」
 留美さんは葉子と再会した経緯を話してくれた。なんでも、留美さんがチームの子がオーバードーズで病院送りになって、その子にドラッグを売っていたグループと対立することになったのだそうだ(留美さんのチームはクスリはご法度だった)。そのときに情報を集める過程で知り合ったのが当時はまだ不良グループの一員だった渡利で、その取り巻きのように悪ぶっていた従妹の和津実、そして葉子と再会したというわけだ。
「ちょっと待ってください。それっていつ頃の話ですか?」
「えーっと、あれは二年のときの四月じゃなかったかな。そう、ちょうど花冷えの頃で、和津実が寒いのにぶっとい脚出してるのを散々バカにした覚えがあるから、間違いなくその頃よ」
 頭の中を整理した。
 葉子が入学した年(二〇〇二年)の春先に渡利の母親が事件を起こしている。その後、渡利家にはさまざまな不幸が降りかかるのだが、普通に考えて会社というものがそこ何日かで倒産するとは思えない。母親の事件から一家離散までには相応の時間が経過しているはずだ。
 渡利がその経過のいつ頃に高校を退学したのかがハッキリしないが、それはとりあえずいい。とにかくその後、渡利は親権者がいなくなったことを理由に施設に入っている。そして、そこで性格が捻じ曲がるような目に遭わされて夜の街に飛び出してきた。ここも時期がはっきりしないが、留美さんの話によれば母親の事件の一年後(二〇〇三年)の四月には街にいたことになる。その時点では渡利はまだドラッグの売人ではなかったし、まだどこかのグループの一員に過ぎなかった。
 しかし、宮下が専門学校に通うために福岡に戻ってきた同じ年の秋には、渡利はすでにドラッグの売人になっていて羽振りも良かったという。

 新たな疑問が頭をもたげてくるのを感じた。渡利にどの程度の商才があったか知らないが、そんな短期間にドラッグの密売というリスクの高い商売でのし上がれるものなのだろうか。
「その辺はどうなんだろね」
 渡利純也の成り上がり――と言うか、成り下がり――に要した時間の短さについての留美さんの見解はその一言だった。
 考えてみれば当然のことだ。そもそも留美さんは仲間にドラッグを売っていた連中と事を構えるために渡利と接触したわけだし、その目的を果たしてしまえば、接点はなくなっているはずだったのだ。そうならなかったのは葉子や和津実が渡利の傍にいたからにすぎない。
 それでも彼女たちとの付き合いの中で話が漏れ聞こえてくる部分はあったようで、留美さんは渡利がドラッグに関わり始めた時期や経緯は知っていた。ちょうど夏休みの前くらいで、誰かが持っていた入手経路と販路を乗っ取るような形でドラッグ密売に手を染めたらしい。

「正直、ジュンもぶっ潰してやろうと思ったんだけどさ。あたしがドラッグを目の仇にしてるって知っててやるんだもん」
「どうしてやらなかったんですか?」

「それがさぁ……。その前のノンのときはまだ”仲間をボロボロにされた”ってことで、みんないきり立ってたようなとこがあるんだけど、ジュンを潰しに行くってなると、やっぱり仲間内からも「うちら、関係ないじゃん?」って声が出てきたりしてね」
「なるほど」
 理屈から言えばそうなるだろう。彼らがケンカするのは自分たちのためであって、社会正義のためではない。
「ホントはね、葉子には早いとこ、ジュンの傍から離れろって言ってたのよ。ロクなことにはならないからって。でもさ、和津実に盗られたっていってもやっぱり好きだったみたいでさ」
「そうなんですか」
「恋は盲目って言うからね」
 留美さんはわざとのような分別くさい口調で言った。
「……ところで一つ、気になってることがあるんですけど」
「なに?」
「葉子さんは、あるいは和津実やその友だち――」
「若松郁美」
「そう、その彼女もかもしれませんけど、彼女たち自身はドラッグをやってたんですかね?」
「どうだろ」
 留美さんの目が一瞬、底光りしたような気がした。
「和津実はね、間違いなくやってる。和津実がヘンな錠剤を入れた小さなビニール袋を持ってるとこ、見たことあるのよ」
「錠剤?」
「うん。”青S”って言ってね。MDMAっていう幻覚剤の一種なの。”エクスタシー”って名前のほうが通りがいいらしいけど」
 名前くらい聞いたことがあるが、どんなドラッグかはまるで見当がつかない。怪我をしたときの抗生剤と二日酔いのアスピリン以外、アタシは普通の医薬品ですらほとんど縁がない。
「でも、あれって東京とか、あっちのほうでしか出回ってないんじゃなかったんですか?」
「そんなことないよ。東南アジアのほうで精製されたのが入ってくるらしいんだけど、ほら、福岡ってあっち方面の船が多いから。結構、出回ってるのよ」
「留美さん、ずいぶん詳しいんですね」
「ノンのときに調べたから」
 素っ気ない物言いに、かすかに怒りの残滓が混じっていた。
「葉子さんは?」
「あんなに近くにドラッグがあって、まったくやってなかったってことはないと思う。それこそ、ジュンが「お前もやれよ」って言えば、断れなかっただろうし。でも、本質的に葉子はそういうの嫌いだからね」
「そうなんですか」
 話にまた小さな食い違いが生まれていた。細かいディテールは覚えていないが、村上は警察に渡利のことを密告してきた女子高生を「遊びでドラッグに手を出して、それをネタに渡利に弄ばれた」と言っていたはずだ。
 もちろん、話の通りを良くするために――あるいは自分をより被害者に見せるために――脚色されていた可能性は充分にある。しかし、徐々に当時の人間関係が見えてくればくるほど、そんな単純な力関係ではなかったことも浮かび上がってくる。
 葉子は渡利が和津実を選んでもなお、渡利の近くにいることを選んだ。なのに、ドラッグの被害者面をしてアタシの父親に助けを求めた。
 可愛さ余って憎さ百倍という可能性はなくもない。しかし、そんな利己的な理由で渡利を破滅させようとしたのであれば、結果として利用した刑事の娘であるアタシの消息を探偵まで雇って調べたり、あの手紙を送ってきたことの説明がつかない。
 渡利の暴走を止めるために告発したというのも、やはり可能性としてはなくはない。そんなことで渡利が改心して葉子のもとに戻るとは到底考えられないにしても、渡利がドラッグの密売を続けていればいつか司直の手が伸びることは間違いない。そうでなくても、そこまで荒稼ぎをしていたのであればヤクザが乗り出してくるのは時間の問題だ。上手く取り入ってヤクザの傘下に入ったとしても、そのまま独立独歩を貫こうとしたとしても、渡利の人生に待っているのは破滅の二文字しかない。
 しかし、そうであるならその運命から救いだそうとした男を殺したアタシの父は、葉子にとって憎むべき相手のはずだ。間違ってもその娘にエールを送ったりするはずがない。
 いずれにしても、判断を下すにはあまりにも材料が足りなかった。
「ねぇ、真奈ちゃん。ノンに会わせてあげようか?」
「えっ?」
 留美さんはコーヒーを飲み干すと、アタシの返事を待たずに立ち上がった。
「あの子、今じゃもちろんそんな世界とは無縁だけど、あたしよりは事情に詳しいと思うんだよね。それにノンのダンナもやっぱり夜の街で遊んでたクチだから」
 留美さんによると、ノンさんは薬物治療専門の病院に担ぎ込まれたのが理由で学校を退学させられて、退院後は中洲で働いたりしていたのだそうだ。そこでも紆余曲折はあったらしいが、同じく中洲で働いていたダンナさん(この人は一応、堅気らしい)と知り合って結婚している。
「いいんですか、そんな人に昔の話を蒸し返したりして」
「しょうがないでしょ。知ってる人に訊かなきゃ、本人たちには訊けないんだから」
「でも、アタシがただ知りたいってだけなのに、悪いですよ」
「意外と気ぃ使いなんだ、真奈ちゃんって。でもさ、あたしにとっても他人事じゃないんだよ。曲がりなりにもバカ従妹が関わってるんだから」
「まあ、そうなんですけどね……」
 留美さんは何故か意気揚々とアタシを促した。アタシは留美さんの後についてコーヒーラウンジを後にした。

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