Left Alone

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  第 30 章 

 外で話そう、という藤田に駅から連れ出されたアタシと由真は、駅前に我が物顔に停まっていた黒いクラウンに乗せられた。すでに外は真夏の陽射しに満たされている。藤田はエンジンをかけてエアコンの出力を最大にした。
「――さて、事情を聞かせてもらおうか」
 アタシは自分が父の事件の背景を調べていたことやそうするに至った経緯、アタシが和津実と知り合いなのもその調査の産物だったことを説明した。村上が自分の職責を離れて何かを調べていたらしいことも話した。村上に無断で話すことに迷いがないわけではなかったが、それを話さずにうまく説明することはできなかった。
 村上の独自調査の一端が渡利純也の関係者、すなわち、和津実に近いところに及んでいたことに藤田は強く興味を示した。
「しかし、そいつはまずいな」
「まずいって、何がですか?」
「村上がやってたことは越権行為だ。内勤の警部補が捜査権を行使するのは内規に触れるからな」
「そうなの?」
 思わず由真の顔を窺った。由真はプツンと「そうだろうね」と言った。珍しく苦虫を噛み潰したように口許を歪めている。
「じゃあ、あいつ――じゃなくて、村上さんはどうなるの?」
「ま、すぐに処分ってことにはならないと思う。ただ、他のことなら”個人的な調べもの”で言い逃れられるかもしれないが、あいつが渡利純也やその周辺を嗅ぎ回るのは、さすがに上も黙っちゃいない。ましてや、それがあいつが撃たれた理由と無関係じゃないのなら、面倒なことにはなるだろう」
「……ですよね」
 面倒な立場にいるのは村上だけではない。村上の負傷だけでなく和津実の死が強く事件性を帯びていることや、アタシが双方と知り合いであることを考えると、アタシはいつ”任意の事情聴取”の名の下に身柄を拘束されてもおかしくない。
 今のところそうなっていないのは、警察が事件の概要をつかんでいないからだ。被害者の村上は事情聴取ができる状態ではないし、和津実を突き落としたとされる人物が映っているという監視カメラの映像も分析中だ。二つの事件に繋がりがあるという確証が得られるまでは、アタシは和津実の足取りを知る知人の一人に過ぎない。繋がりがある可能性はいずれ藤田の報告によって明らかになるけど、それはまだ後の話だ。
 警察に隠さなければならないことがあるか、と問われれば、アタシにはない。すべては白石葉子がアタシにファンレターをくれたことから始まった。彼女がそうした理由はあのチョイ不良オヤジ(上社龍二のことだ)が話してくれたこと以外は分からない。しかし、いずれにしてもそれはアタシの側の問題ではない。
 アタシが父の事件の背景を調べていたことも――いい顔はされないだろうが――隠さなくてはならないことではない。アタシが知らなかっただけで警察は把握していたこともあるだろうし、そうでなくてもすべては過去の話だからだ。
 隠さなくてはならないことがあるとするなら、村上が調べていた事柄についてアタシが知っていることだけだ。
 それほど多くはない。と言うより、それらしきものは一つしかなかった。葉子が持っていた村上の名刺の裏に記されたケイタイの番号。
 メモリに残してあるので鳴らしてはみた。しかし、例によって電波が届かないところにあるか電源が入っていなかった。
 あれはいったい誰の番号なのだろう。

「――ねえ、真奈ってば」
 由真の呼び声で、アタシは重苦しい暗闇から引き戻された。錆びついたシャッターように開かない瞼をこじ開けると、心配そうに覗き込む眼差しとまともに目が合う。
「……由真?」
「ほら、起きて。着いたよ」
 由真に促されてリクライニングさせていたシートを起こした。クルマのフロントガラスから差し込む朝日が、焦点が合わない視界の中でハレーションを起こしている。目の奥に何かを差し込まれたように鋭い頭痛がする。
 薄目を開けてクルマの外を見渡すと、目の前に<外来患者様用駐車場>という札が立ててあった。パッと見た限りでもかなり広い駐車場だが、早朝にもかかわらず半分以上のスペースが埋まっている。目の前のワンボックスから祖母と同年輩の女性が、娘とおぼしき女性に身体を支えられながら降りようとしている。
 アタシと由真がいるのは、村上が収容された博多区と東区の境目にある救急病院だった。
 クラウンからBMWに乗り替えて南福岡駅から筑紫通りに入ったところまではちゃんと覚えている。急に目の前がおぼろげになったのは、一駅先の竹下駅前――村上のマンションの近く――を通り過ぎた辺りだ。
「どれくらい寝てた?」
「寝てたっていうより、気を失ってたって言ったほうが合ってると思うけど。移動と合わせれば二〇分くらいかな。仮眠にはちょうどよかったんじゃない?」
「……そうだね」
 睡魔に抗しきれないときは一〇分でもいいから寝たほうが回復に繋がる。眠気と闘う必要に迫られる年代になれば誰でも知っていることだ。ただし、これは自分で「寝よう」と思って目を閉じれば効果があるが、その気もないのに”落ちて”しまった場合はあまり効き目がない。アタシの経験によれば、だが。
「だいじょうぶ?」
 由真が言った。アタシは目の周りを指で揉みほぐした。全身がたっぷり濡れた砂が詰まった袋になったように重い。
「んー、ちょっと頭痛いけど。痛み止めなんて持ってないよね?」
「消炎鎮痛剤ならあるけど、アルコールが入ってるときはあんまり効かないよ。気合いでこらえるしかないんじゃ?」
「……だったら”だいじょうぶ?”なんて訊かないでよ」
 由真はルームミラーを自分のほうに向けて手早くメイクを済ませていた。スッピンでもまったく問題ないように思えるが、彼女はメイクをするのは人に会うときの身だしなみの一部だと言ってノーメイクで出かけるアタシを非難する。おそらく正しいのは由真のほうだろう。
 助手席のバニティミラーに映るアタシの顔は、とても十九歳の娘のものではなかった。
 アタシたちはBMWを降りて、入院患者の家族などが出入りする裏口に向かった。
 この病院には二年前の夏、ひょんなことから知り合った高橋拓哉という由真の当時の彼氏を見舞うために訪れたことがある。由真の協力者として敬聖会を巡る二年前の事件に関わることになった高橋は、その過程で知った由真の出生の秘密やそれに関わるある事件のことを問い質そうとして熊谷幹夫とその部下の手に落ち、重傷を負わされてこの病院に担ぎ込まれたのだ。
 アタシは高橋の病室へ向かう廊下で、法廷で父を刑務所に送る決定的な証言をした夜を最後に会っていなかった村上と再会した。村上がこの病院に来ていたのは、彼が高橋の事件の担当だったからだ。
 本当は素知らぬふりでやり過ごすつもりだったのに、アタシは村上に声をかけた。その理由は今でも分からない。
 しかし、もしそうしなければアタシと村上が再び話すことはなかっただろうし、事件の終結後、彼が父を告発した本当の理由を聞かされることもなかっただろう。アタシはあまり”運”や”縁”を信じないほうだが、あの再会にだけは幾重にも折り重なった偶然を感じずにはいられない。

 守衛室の前でアタシたちを待っていたのは三十代後半の女性の警官だった。
 教師や医者が似合いそうな理知的な美人で、穏やかで力強い眼差しとすっと通った鼻筋が印象的だ。綺麗に立ち上がった前髪や肩口に落ちる豊かな黒髪がその雰囲気を強調している。警官の制服は夏服でもどこか武骨なイメージがあるが、彼女が着ているとそうは見えない。
 差し出された名刺には県警生活安全部の警部補という肩書きと、高坂朋子という名前が記してある。藤田はアタシたちと別れてから一度県警に戻って、上司に事情を説明してから病院に向かうことになっていた。その間、アタシと由真は先に病院に行って彼女に会うように言い渡されていたのだ。
 アタシが口を開く前に、彼女が由真のほうを見やってニッコリと笑った。
「久しぶり。徳永由真さん、だったわね」
「おはようございます、高坂さん」
 由真は礼儀正しくペコリと頭を下げた。
 高坂警部補のケイタイが鳴って、彼女は手でちょっと待てと合図をして電話に出た。その隙に由真のブラウスの裾を引っ張る。
「――知り合いなの?」
「うん。ちょっと前にね」
「あることで彼女に手伝ってもらったことがあるのよ」
 電話の向こうと話しながら、彼女はこちらの話にも口を挟んだ。
「そうなんですか?」
「あら、話してなかったの?」
 由真は曖昧な微笑でその質問に答えていた。
 思わず横目で由真を軽く睨んだ。由真が警察にコネがあってもアタシが口を差し挟む謂れはないが、隠し事をされていい気持ちはしない。
 高坂警部補の案内で、アタシたちは集中治療室がある三階の待合スペースに移動した。村上は緊急手術を終えて、そこへ移されているということだった。
「村上さんの容態は?」
 アタシが訊こうとしたことを由真が先に口にした。高坂警部補は相手を安心させるような柔らかい微笑を浮かべた。
「大丈夫よ。出血はひどかったけど、何とか持ち応えてくれたわ。もうちょっと遅かったら危なかったけどね」
「よかったぁ……」
 由真はストンと近くにあったベンチに座り込んだ。細くて長いため息をつきながら、アタシにも微笑を浮かべて同意を求めてくる。彼女が本心から村上を心配しているのに、その仕草に素直に共感できない自分が底意地の悪い人間に思えてならない。
 目を閉じてバカな考えを頭から追い払った。今はそんなことに心を動かされている場合じゃない。
「村上さん、銃で二発撃たれてたんですよね?」
 高坂警部補は首を横に振った。
「三発よ。右肩のちょうど鎖骨の下あたりと左の太腿の外側、それと左足の甲。太腿はかすっただけのようね。ERの先生に聞いた話だと、右肩も足の甲も重要な血管とか神経とかには障ってないみたい。幸いなことにどっちも弾丸は貫通してるしね」
「そういうものなんですか?」
「身体の中に残っていれば摘出に時間がかかるし、それに貫通するってことは威力が一〇〇パーセント、身体に伝わらなかったってことだから」
「――殺すつもりで撃ったんじゃない、ってことなんですか?」
 高坂警部補の表情がわずかに翳った。
「銃で撃っておいて殺意はなかったというのは、被疑者の供述としてはあまり説得力がないわね。でも、殺すつもりだったのなら機会はあったわけだし。弾切れだったのなら話は別だけど」
「銃声を聞いた人はいなかったんですか?」
 由真が口を挟んだ。
「まだ、そこまで聞き込みが進んでないんじゃないかしら。いずれにしても、そういったことはまだ伝わってきてないの。わたしも藤田くんに恭吾くんが撃たれたって聞かされて、慌てて飛んできたんだから」
「恭吾くん?」
 高坂警部補はもう一度、由真を見やった。
「本当に話してないの?」
「何のことですか?」
 由真が何か言う前にアタシは訊いた。二人は素早く顔を見合わせた。由真は少し困ったように肩をすくめた。
「去年の冬、警察に――っていうか村上さんに頼まれて、捜査のためのお芝居をしたことがあるの」
「お芝居?」
「そう。高坂さんが抱えてた事件で、なかなか尻尾を出さないストーカーがいてね。被害者の女の人とあたしが似てたんで、ストーカーをおびき出すための囮役をやったのよ。村上さんが彼氏役で、ちょっとしたデートの真似事をね」
「……へえ。そんな話、初めて聞いた」
「あたしがすること、いちいち真奈に報告しなきゃいけないの?」
 由真の口調になんら悪びれたところはなかった。むしろ挑戦的な響き――有体に言えば、ケンカを売っているようにさえ聞こえた。
「――警察の捜査案件に関わることだから、誰にも話さないでくれってわたしが頼んだのよ。あなただって警察官の娘なんだから、それくらい分かるでしょう」
 高坂警部補が落ち着いた声音で口を挟んだ。
 取ってつけたようなフォローにも聞こえるが筋は通っている。それよりも他の疑問が頭の中を支配した。この人と会うのは初めてだし、アタシは榊原としか名乗っていない。
「アタシの父が警官――元警官だって、どうしてご存知なんですか?」
「藤田くんから聞いたのよ」
 高坂警部補は事も無げに言った。
「でも、そうじゃなくてもあなたのことは知ってたわ。妹の結婚生活を滅茶苦茶にした人の娘さんだもの」
「……えっ?」
 何を言われているのかが脳ミソに浸透するのに少し時間がかかった。
 村上の別れた奥さん――村上菜穂子。その旧姓が高坂だったことをようやく思い出した。父親は県警の幹部だ。娘の一人が同じ職場にいても何の不思議もない。
 ようやく話が繋がった。何故、事件とは何の関係もない生活安全部の警部補がこんなところにいるのか。事件の被害者が元義弟だからだ。村上を下の名前で呼ぶのも、そうであるならやはり何の不思議もない。
「えー、あの、その……すいません」
 他に何と言っていいのか分からなかった。彼女は少し意外そうな顔をした。
「あなたが謝ることじゃないわ。ごめんなさい、わたしの言い方が悪かったわね」
 口調には欠片ほどの刺々しさも感じられなかった。それが返ってアタシを暗澹たる気持ちにさせる。取り返しのつかないミスを犯した舞台のように、その場に気まずい沈黙が満ちた。
 それを見越したようなタイミングで高坂警部補のケイタイが鳴った。病院ではケイタイの電源を切るのがマナーだとなじる気にもならない。由真はその場にいないような顔で外の景色を眺めていた。
「――そう、分かったわ。彼女にはここにいてもらえばいいのね?」
 高坂警部補は長い電話を切ると、振り返って大きなため息をついた。
「ややこしいことになってきたわね」
「どうしたんですか?」
 由真が身を乗り出した。
「あなた、南福岡駅で線路に突き落とされた被害者とも知り合いなんですって?」
 高坂警部補はアタシに言った。アタシはそうだと答えた。
「それがどうしたんですか?」
「うーん、どう説明すればいいのかしらね……。捜査情報だから詳しいことは言えないんだけど、駅構内の監視カメラの映像から、突き落とし事件の被疑者らしき人物が特定されたわ」
「へっ?」
「誰なんですか、その被疑者って?」
 あまりに早い判明に驚くアタシの代わりに由真が訊いた。高坂警部補はアタシの頭から爪先まで、値踏みするように何度も視線を往復させた。
「ま、いずれは報道で名前も出ることだし、いいでしょ。あなたもよく知ってる人よ」
 いいでしょ、と言った割には彼女はその名前を言いよどんだ。
「誰なんですか?」
「権藤康臣警視。県警地域部地域総務課の課長補佐。現職の警察官よ」
「……権藤さんが!?」
 父親の元上司であり、親友と言ってもいい付き合いをしていた男だ。奥さんに逃げられて男やもめだったから父がよくウチに連れてきていた。その回数はひょっとしたら村上より多かったかもしれない。異動していたことは知らなかったが、考えてみればもうすぐ定年のはずだ。刑事のような激務からは外れていたのだろう。そういう人事があるとはよく聞く。
 アタシにとってはいつもセクハラまがいのことばかり言っていて、そのくせにあれこれと口うるさい説教親父だ。
 けれど、父の事件後にぐれて街でフラフラしていたアタシを心配してくれた数少ない一人だった。二年前の敬聖会の事件では村上と協力して、博多署が単なる傷害事件としてしか取り合わなかったのを上層部に訴えてくれた恩人でもある。父と同じで決して人相の良い人ではないが、曲がったことが嫌いな古典的な刑事だった。
 しかも、先日の夜にも偶然会ったばかりだ。アタシは彼が別れ際に見せた指二本を額の前にかざす仕草と、少し照れ臭そうな表情を思い出した――その権藤さんが吉塚和津実を殺した?
 あまりのことに思わず吹き出してしまった。笑う場面でないことは充分すぎるほど分かっている。でも、笑わずにはいられなかった。
「冗談言わないでくださいよ、こんな時に。なんで権藤さんが!?」
「わたしだって信じられないわ。でも、野球帽をかぶってサングラスをかけた男が被害者を突き飛ばす瞬間が、実際に映っているらしいの。改札のカメラには同じようにサングラスをかけた男が帽子をとって汗を拭うところが映ってた。その顔が誰がどう見ても権藤さんなの。こう言っちゃなんだけど特徴のある顔立ちだし、確認したのは同期の鑑識課長だから、まず見間違いはないのよ」
 彼女は権藤さんが数日前から県警に出勤しておらず、現時点においても連絡も取れないと付け加えた。
「でも、それだけじゃ、ホームのカメラに映った男が権藤さんかどうかなんて分かんないじゃないですか。この暑い時期、帽子くらい誰だってかぶりますよ。サングラスだって」
「そうかもね。でも、その後に血相を変えて走りこんでくる恭吾くんが映ってたとしたら?」
「……意味が分かんないんですけど」
「本当に分からない?」
 高坂警部補は思わせぶりにそう言った。アタシを惑わせるというよりも、自分がそのことを口にしたくないような感じだった。背後で由真が「……まさか?」と呟いた。
 思わず振り返った。自分の目が血走っているのを感じられるような気がした。
「どういうことよ?」
「いや、あくまでも可能性だけど――」
「そんなおためごかしはいいから。さっさと言いなさいよ」
 由真の表情は見たこともないほど強張っていた。それが彼女が言おうとしていることによるものか、アタシが浮かべている表情に対するものかはハッキリしない。
「まさか、村上さんを撃ったのもその権藤って人なんじゃ……?」
「そのまさかよ」
 高坂警部補はことさら冷たく言い放った。
「あそこの車両基地は周りのマンションから敷地の中が丸見えなんだけど、恭吾くんが撃たれる現場を見ていた住人がいたの。銃声にビックリしてベランダに飛び出したらしいわ。その人が見た犯人の格好が改札に映った男――権藤康臣と同じだったのよ」
 警察が組み立てようとしているストーリーの一端を見たような気がした。
 権藤康臣は何らかの理由で和津実を殺そうと思っていた。どういう方法かは分からないけど彼は今朝、和津実が南福岡駅に現れることを知っていた。ひょっとしたら尾行していたのかもしれない。
 とにかく彼は帽子とサングラスで変装して駅に入り、吉塚和津実をホームから突き落として殺害した。
 一方、村上恭吾は権藤が和津実に殺意を抱いていることを知っていた。そして、それを実行に移そうとしていることを察知した。村上は権藤を追って駅に入った。しかし、時すでに遅く和津実は殺された。
 権藤が駅舎へ戻るには改札へ続く陸橋を渡らなくてはならない。彼はやむを得ず駅に隣接する車両区へ逃げた。JRに限らないけど車両基地は一応はフェンスで仕切ってあってもあまり閉鎖性がない。あるいは最初から犯行後はそっちに逃げるつもりだったのかもしれない。
 村上は逃走する権藤を追った。定年間際の権藤と若い村上では追いかけっこの顛末は見えている。おそらく村上は権藤を追い詰めたのだろう。
 そして、権藤が持っていた銃で撃たれた。犯人が権藤であったのならとどめを刺せたはずの村上をそうしなかったことも、彼を救護する役にアタシを選んだことにも説明がつく。
「そんな……」
 両脚にまるで力が入らない。椅子に座ることもできずにその場にへたり込んだ。
 高坂警部補はかける言葉を捜しているようにアタシを見下ろしていた。しかし、言葉は出てこなかったようだ。彼女は由真に何か目配せをすると「事情聴取では知ってることを包み隠さずに話してちょうだい」と言い残してその場を去った。

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