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Left Alone

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  第 41 章 

 電話で村上のリストをメールで送る旨とこれからオフィスに出向くつもりだと言うと、上社は外で会おうと言った。
「悪いがヤボ用があるんだ。昼メシ時なら少しは時間がとれる。――そうだな、一時過ぎくらいにはなるかもしれんが」
「アタシは構わないけど。だったら、リストはこっちで印刷していったほうがいい?」
「いや、名刺に二つのアドレスを載せてるはずだ。モバイルって書いてあるほうに送ってくれ」
「上社さんって、何だか忙しいビジネスマンみたいね」
「みたい、じゃなくてそうなんだ。探偵と実業家のどっちが本業か、自分でも分からなくなるときがあるよ」
 どう考えても後者のような気がするが、指摘するのはやめておいた。
 店の予約は上社が入れておくことになったので、アタシは彼からの連絡を待つことにした。
 真っ昼間から予約を入れなくてはならない店に連れて行かれるのかと思うと、ちょっと気が引けないこともない。しかし、「安い店で」と注文をつけるのも失礼だし、アタシがご馳走するというのはさらに生意気な話だ。上手に奢られるのが淑女の嗜みだとするならば、アタシは初級者編の入口でウロウロしている子供にすぎない。
 由真にメールの送り先のことを伝えてロードスターをガレージから出した。一昨夜から置き去りにされて拗ねているかと思ったが、エンジンはいつものようにご機嫌に吹け上がった。この辺の能天気さはさすがアタシの愛車だ。
 ふと思い出して、ケイタイのメモリから武松俊の番号を呼び出した。
「もしもし、真奈っち?」
 シュンの声は弾んでいて、そのくせ、こっちの様子を窺うような調子だった。
「お早うございます。ひょっとして寝てました?」
「いや、ついさっき起きたところ。どうかしたのか?」
「昨日のお礼を言っとかなくちゃって思って」
「お礼?」
「アタシのクルマが長浜に停めっ放しにしてあるの、由真に知らせてくれたんでしょ?」
 僅かな沈黙。
「……えーっと、何の話だか分かんねえんだけど?」
「へっ?」
 分からないのはこっちのほうだ。シュンがアタシのロードスターを見かけて知らせてくれたから、由真はクルマ屋に回収の手配をしたはずだった。
「あの……ちょっと訊きますけど、アタシが何に乗ってるか知ってます?」
「知らない。そんな話、したっけ?」
「してませんよね」
「意味分かんないんだけど。何かのクイズ?」
「いえ、そういうわけじゃあ……」
「ふうん……。あ、そう言や、昨日も那の津通りであんたのお友だちのBMW見たぜ。長浜の辺りをウロチョロしてたみたいだけど」
「由真が!?」
「ああ。何か捜してるみたいにキョロキョロしてるもんだから、危なっかしいことこの上なしでさ」
「……そういうことか」
「えっ?」
「あ、いえ、何でもないです」
 由真は昨日の朝、アタシがボニー・アンド・クライドで飲んでクルマを置きっぱなしにして帰ってきたことは知っていた。何処にロードスターを停めたかまでは話さなかったが、アタシがよく長浜にある卸売市場の脇道に違法駐車をしているという話をしたことはある。
 それにしても、すぐにバレる嘘をつく必要なんてなかったはずだ。レッカー移動されるのを防いでやった恩を着せていいくらいだし、それ以前にさんざん自分の免許の点数がヤバイことを馬鹿にしたアタシが初検挙されるのを眺めながら、影でこっそりほくそ笑んでいてもよかったはずだ。今のアタシたちの間柄ならそれくらいの意地悪な感情を抱いてもバチは当らないだろう。
 ふん、カッコつけちゃってさ。
「――あのさ」
 シュンの声にアタシは現実に引き戻された。
「なんです?」
「この前は悪かった。ノブさんにえらく叱られたよ。女の子の前で他の子を褒めるバカがいるかって」
「そんな……。アタシこそごめんなさい。急にあんな態度とっちゃって」
「怒ってないか?」
「まったく。むしろ、謝らなきゃって思ってたくらいですから。アタシ、あの日の夜、お店に行ったんですよ。そしたらシュンさんが体調を崩して早引けしたって」
「ああ、あれな。――どうせノブさんがバラすから先に白状するけど、そのことであんまり俺がへこんでるんで、帰れって言われたんだよ。しけた顔でカウンターに立たれても迷惑だって」
「ノブさんらしいですね、その言い方」
 アタシは笑った。シュンも同じように笑ったけど、それはちょっと影のある笑いだった。
「用件はそれだけ?」
 シュンはポツリと言った。
「ですね。すいません、遅くまでお仕事なのに」
「別にいいよ。どうせ、この時間には起きてるんだ。ジムに行かなきゃなんないからな」
「ああ、シュンさんってボクサーなんでしたね」
 ふと、疑問が湧いた。あんなにピアスやタトゥーだらけで問題はないんだろうか。用件が済んだからと一方的に切るのも憚られるので、話の繋ぎのつもりで自分の疑問をぶつけた。
「俺の場合、プロを目指してるってわけじゃないからな。何もしないと身体が鈍るんで続けてるだけなんだ。ときどきプロ志望のやつのスパーリングの相手とかしてさ」
「ずっとやってるんですか?」
「高校のときから。ところで真奈っち、よくボクサーがタトゥー禁止だって知ってたな」
「普通、そうじゃないですか?」
「そうでもないさ。最近はキックの連中が派手に入れてるもんだから、ボクシングもオーケーだと思ってる奴らが多いんだ。女の子が勘違いするのは仕方ないけど、プロ志望でジムに来る連中にも上半身落書きだらけのがいたりするから、ホントにビックリするよ」
「バカじゃないんですか、そいつ」
「まったくだ。しかし、意外だな。真奈っちって格闘技に興味あるのか?」
「小学校のときから空手やってますよ。今は大学のフルコンの同好会に入ってます」
「フルコン!?」
 シュンは心底意外そうな声をあげた。
「へぇ……そんな感じには見えないけど」
「そうですか?」
 まったく自慢にならないが、これまで反対のことしか言われた試しがない。空手をやっていると言って納得されるのはまだいいほうで、ひどいときには何も言ってないのに「何かやってるでしょ?」と訊かれる始末だ。
「これでも、高校生のころはワルかったんですよ。しょっちゅうケンカしてたし」
「ヤンキーだったのか?」
「そうじゃないですけど」
 そこは断固として否定しておかねばなるまい。
 しばらくの間、とりとめもなくかつての”武勇伝”を話した。もちろん、罪のない程度に脚色を施したものだ。もっとも、アタシが何を言おうとシュンはひたすら「へええ」とか「ふうん」とか、そんな感嘆詞を繰り返すばかりだった。アタシにどんなイメージを持っていたのか知らないが、空手オンナだというのがよほど想像の枠外だったに違いない。
「ところでシュンさん。さっき、キックの連中がどうとかって言ってましたよね。福岡ってキックボクシングは盛んなんですか?」
「そこそこって感じかな。結構、ムエタイとかキックのジムもあるし。それが?」
「いえ、ちょっと、知りたい人がいて」
 倉田和成と康之の双子の兄弟はキックボクサーだとノンさんの旦那さんが言っていた。福岡におけるキックボクシング、またはムエタイの競技人口がどの程度なのかは知らない。けれど、その中に双子はそう多くはないはずだ。似て非なる競技ではあるが、ボクシングをやっている人間の中に彼らを知っている人がいるのではないかと思ったのだ。
「双子のキックボクサーねえ。……うーん」
 シュンは何かを思い出そうとするような唸り声を出した。
「分かった、調べとくよ」
「お願いします。それじゃ――」
 話は途切れた。それを機に話を終えようと思った。ところがシュンがそれを遮った。
「な、なぁ、真奈っち!?」
「何ですか?」
「あのさ……話があるんだ。これから会えないか?」
「これから?」
「ああ。その……何て言うのかな、大事な話ってヤツ?」
 普通に言われたのならそれほど戸惑わなかったかもしれない。しかし、シュンの声には切羽詰まった息苦しさのようなものが混じっていた。
「……えーっと、別に構いませんけど」
 勢いに押されるようにそう答えてしまっていた。上社と会うのは昼過ぎなので時間は充分にとれる。
 何処で待ち合わせるのかと訊くと、シュンはアタシの都合のいいところへ出向くと答えた。アタシはしばらく考えてから、この前のキャナルシティのスターバックス前を指定した。
 オイルが切れたギアボックスのようなぎこちない「それじゃあ、後で」を言って、シュンはそそくさと電話を切った。
「何なんだろ、いったい」
 そう呟いたアタシの脳裏に、和津実のアパート前でのシュンとのやりとりが甦った。

 ――あんた、今は彼氏いるのか?

 シュンはそう言った。おかげでアタシは由真からヤンキー限定のフェロモンがどうとかとくだらない揶揄を受ける羽目になったのだ。
 次の瞬間、自分がそれに何と答えたのかを思い出して、アタシは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 ――フリーですけど、それが何か?

 アタシはそう答えたのだ。
 眩暈がしそうだった。そんなラブコメみたいなことをやってる場合じゃないだろ、という声が何処からか聞こえてきたが、今更しらばっくれることもできない。アタシはサイドブレーキを下ろしてロードスターをガレージから出した。
 シュンがアタシに好意を抱いているというのが単なる自意識過剰、つまらない早合点であってくれることを祈った。

 もともと街にいたらしくて、シュンは先にスターバックスに来ていた。初めて会ったときも一昨日もサーファー風のチャラチャラした出で立ちだったのに、今日はポロシャツとチノパンツという小ざっぱりした格好だった。鈴なりのピアスはどうしようもないけど、少しでも浮いた感じを抑えるように髪を後ろで束ねている。
 気配を感じたようにフッと顔を上げると、シュンはアタシに向かって小さく手を振った。
「よう、真奈っち」
「どうも……」
 もっとガチガチに緊張しているか、逆にクールぶっているかと思っていたけれど、シュンは一昨日と同じように軽いテンションを保っていた。少なくともそんなふうに見えた。
 外れて欲しい予感ほど当たるものだが、もしかして自分の祈りが通じたのかと思った。
 しかし、それこそアタシの早合点だった。隣に腰を下ろそうとしたときに腕同士が軽く触れただけで、シュンが傍目に分かるほど身体を硬くしたからだ。アタシがどれだけ色恋沙汰に関して鈍感でも、これで予感が外れているのならアタシには他人を慮る能力は皆無ということになってしまう。
 シュンは手にしていたプラスチックのカップをアタシに差し出した。
「何を飲むか分かんなかったんで、アイスのラテを買っといた」
「ありがとうございます。そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに」
「ホント、真奈っちって堅ッ苦しいのな」
 何のことか分からなかった。シュンは薄い笑みを浮かべていた。
「たった一つしか違わないのに、敬語使うなんてさ」
「これでも一応、体育会系なんですよね。目上の人には敬語ってことにしてるんです。っていうか、勝手にそうなっちゃうんですけど」
「そうなのか?」
「ええ。――タメ口のほうがよければ、そうしますけど?」
「どっちでもいいよ。真奈っちの好きなほうで」
「じゃあ、敬語で」
 シュンは少しだけ意外そうな顔をした。
 彼の言葉を想像すると暗澹たる気持ちになる。誰かを拒絶するということは、場合によっては自分が拒まれるよりも苦しい。相手に何の落ち度もないときは特にそうだ。
「どうしたんだ、真奈っち?」
「えっ?」
 いつまでも押し黙っていることを言われたのだと思った。思わず見やったシュンの顔にはアタシを気遣うような表情が浮かんでいた。
「えらく疲れてるみたいだけど。あんまり眠れてないのか?」
「ええ、まあ。ちょっといろいろあって」
「親父さんの事件のことか。そう言えば、何か新しいこととか分かったのか?」
「そうですね。それなりにありますけど――」
 そこまで言って、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「シュンさん、ニュースとか見ないんですか?」
「俺? ああ、あんまり見ないな。何か、面白いニュースでもあったっけ?」
「面白くも何ともないですけど……。じゃあ、昨日の朝の南福岡駅のことは?」
「それは客が話してたから知ってる。誰か、朝っぱらから列車に飛び込んだんだろ」
 ――誰か、か。
 その程度の扱いでも不思議はない。大多数の人々にとって和津実は”見知らぬ誰か”にすぎないし、知る者にとっては性質の悪い鼻つまみ者にすぎなかった。
「じゃあ、それが誰かなのは知らないんですね」
「そうだけど……。なんだよ、思わせぶりだな」
「死んだのは和津実です。吉塚和津実。ついでに言っちゃうと自殺じゃなくて殺されたんです。誰かに後ろから突き飛ばされて、特急列車に撥ねられて」
「……マジかよ」
 シュンは苦いものを飲み込んだような顔をしていた。
「でも、ちょっと待てよ。客は自殺だって言ってたぜ。いくら何でも、殺人事件だったらテレビでもそう言うだろ」
「まだ報道はされてないんです。いろいろと込み入った事情があって」
「何で真奈っちがそんなこと知ってるんだよ?」
「たまたま、和津実が殺された直後の南福岡駅にいたんです」
 アタシは一昨夜、和津実からの電話を受けて彼女の夜逃げを手伝ったこと、その後、博多駅の近くのファミレスで父の事件に関わる話をしたこと、南福岡駅で見かけた遺留品のボストンバッグの中身がアタシが用意した夜逃げの荷物と一致したことが彼女の身元判明の最初の手掛かりだったことを話した。
 シュンは感嘆のため息を洩らした。
「よく、そんなこと覚えてたな」
「アタシ、そういう方面の記憶力は良いんです。肝心の勉強はからっきしですけど」
「俺よりマシだろ。ところで、その犯人は?」
「まだ逃走中らしいです。ホームの監視カメラには映ってたらしいんですけど、ハッキリと容疑者が確定してるわけでもないみたいですし」
 断片的にでも他殺だということが知れ渡りつつある以上、警察もいつまでも事実関係を伏せておくわけにはいかないだろう。事件が公開されるまでに権藤を容疑者とするだけの確証がなければ、元警察官を犯人扱いはしないはずだ。少なくとも表向きは。
「……それは分かったけど、それと真奈っちが睡眠不足なのと何の関係があるんだ? そもそも、何でそんな朝っぱらから南福岡に?」
「シュンさんって、本当にニュース見ないんですね」
 まだ事件と事故の両面から捜査中の和津実の死と違って、権藤が村上を銃で撃った事件は単なる発砲事件ではないだけに、マスコミも大きく取り上げていた。アタシも昨日の夕刊だけはざっと目を通している。
「同じ頃、駅の裏の車両基地で発砲事件があったの、知ってます?」
 シュンは面白くなさそうに眉根を寄せた。
「……ああ、なんかそんな話もしてたな。えーっと、刑事が刑事を撃ったって話じゃなかったっけ?」
「そのどっちもアタシの知り合いなんですよ。撃ったほうが父の元の上司で、撃たれたほうは父の元の相棒」
「マジ!?」
「撃たれた元相棒からアタシのケイタイにSOSが入って、慌てて駆けつけたところで和津実の事件にも出くわしたっていうのが本当のところなんですよ。で、行きがかり上、警察で事情聴取を受ける羽目になったってわけです。……アタシ、そんなに見た目で分かるくらいやつれてますか?」
「いや、そんなことないけど。何となくそう見えただけさ」
 話の合間で飲んでいたせいで、どちらのカップの中身はいつの間にか氷だけになっていた。シュンはベンチから立ち上がるとアタシのカップを受け取って、自分のカップと一緒に店の前のダストボックスに捨てに行った。
 どちらからともなく辺りを歩き出した。
 地階のオープンフロアの運河のほとりでアタシは足を止めた。シュンは隣に並んでいいものか逡巡するようなそぶりを見せて、結局、少し間をおいたところに立った。
「ところで本題なんですけど」
「えっ?」
「シュンさん、大事な話があるって言ったじゃないですか」
「えっ――ああ。そうだったよな」
 シュンはまるでそこにカンニング・ペーパーがあるかのように、静かに揺れる水面を見つめていた。
 アタシは心のどこかでシュンが思い直してくれることを願っていた。今なら何事もなかったようにアタシとシュンはただの男友だち、女友だちになれるだろう。これまでのことはフットワークの軽いシュンが、アタシにちょっかいを出してみただけということにしてしまえばいい。
 しかし、アタシは彼の言葉を待っていた。静かな沈黙の後、シュンは思い切ったように口を開いた。
「……付き合ってくんないかな?」
 気負いのないサラリとした口調だった。電話で感じさせた息苦しさも、ヤンキーっぽい調子に乗った軽さもなかった。
「まだ、会ってそんなに経ってないんですよ?」
「早すぎるのは分かってるよ。自分でもビックリしてるくらいさ。その……俺、今まで一目惚れなんてしたことなかったからな」
 アタシだって人並みに告白された経験はある。あとから思い返すと顔から火が出るような恥ずかしい思い出だけれど、そのときは温かいもので胸を満たされるような思いがするものだ。
 迷惑とまで言わないにしても、アタシはシュンに告白されることを面倒だと思っていた。誰かに好意を寄せてもらえることはもちろん嬉しい。けれど、それに応えることはできない。だからこそ、断るのが苦行に感じられて仕方がなかったのだ。
 しかし、アタシはシュンの言葉を不思議なくらい素直に受け止めることができた。ひょっとしたらアタシも彼に対して、それなりに好意に似たものを感じていたのかもしれない。
「――ごめんなさい」
 憂鬱な言葉のはずなのに、アタシはそれを自然に口にしていた。シュンはアタシをジッと見つめてから視線を逸らした。ポケットに手を突っ込んで、足元に石があれば水面に向かって蹴飛ばしそうな感じに見えた。
「……フリーだって言うからさ」
 拗ねたような口調だった。痛烈な舌打ちや悪罵も覚悟していたが、シュンはほんの少し口許をゆがめただけだった。
「言いましたね」
「だろ?」
 あの時点では決して嘘ではなかったが、それはシュンには通じないだろう。
「その……言い訳にしか聞こえないと思いますけど、今でも本当にフリーなんですよ。付き合ってる人がいるわけじゃないんです」
「他に誰か、好きな男がいるってこと?」
 アタシはうなずいた。さっきの話に出てきた父親の元相棒だというと、シュンは魂を吐き出すような深いため息をついた。
「そういうことか。だったら、最初からそう言ってくれりゃいいのに。――チェッ、カッコわりぃな、俺」
「そんな……」
 しかし、言葉は続かなかった。シュンは独り言のようにそっぽを向いて話し続けた。
「いっつもこうなんだよな。こんなナリだから遊びまわってるみたいに言われるんだけど、そんなことないんだぜ。なのに、好きな子ができても上手くいった試しがねえんだ。あ〜あ、何でだろ?」
 アタシは彼にかけられる言葉を探した。しかし、たった今、彼を拒んだアタシがかける慰めは彼を傷つけるだけだ。
「じゃあ、俺、行くわ」
 シュンはトンとバックステップで水際を離れた。そのまま、アタシでさえ眼で追うのがやっとなシャドウ・ボクシングを見せた。別に意味があってのことではなさそうだった。単に間が持たなかっただけだろう。
「双子のことは分かったら連絡する。メールと電話、どっちがいい?」
 どちらでもいいと答えそうになって、慌ててメールでと言い直した。アタシはメールでの言葉のやり取りは好きじゃない。でも、メールならお互いに声を聞いて心のささくれを刺激しないで済む。
「本当にごめんなさい」
「いいよ、真奈っちが悪いわけじゃねえし。俺が勝手に舞い上がって勝手に玉砕しただけさ。バカだね、間抜けなピエロ――ってね」
 後の一言は「季節が君だけを変える」のサビのフレーズだった。シュンはそれを少しだけ調子外れのメロディに乗せた。

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