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Left Alone

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  第 53 章 

「――真奈、よだれ出てるよ」
 脇腹に受けた肘鉄でアタシは意識を取り戻した。隣を見やると、引ききらなかった目許の腫れを隠すために大振りなメガネをかけた由真の顔がある。
「んあ?」
「まったく、いくら寝不足だからってさぁ」
「だって、眠いんだもん……」
 アタシと由真は福岡地裁の近くにある高坂菜穂子が勤める法律事務所にいた。もっとも事務所の主は留守で帰りを待っている状態だ。約束の九時に間に合いそうになかったので一時間遅らせてもらったら、逆に菜穂子が用事で外出してしまったのだ。
 ベッドに入ったのは四時近かった。由真が焚いてくれたアロマキャンドルのおかげでぐっすりと眠ったような気がするけど、それでも睡眠時間はほんの四時間程度。おまけにアタシはここ数日の慢性的な睡眠不足にも苛まれていた。由真のくすぐり攻撃で目を覚まさなかったら、明日の朝まで眠っていたに違いない。
 それくらい昨夜――というか今朝早く――は大騒ぎだったのだ。

 家に帰りついたアタシを待っていたのは鬼の形相の祖母だった。
 考えてみれば当然のことで、未成年のアタシが警察のご厄介になれば保護者である祖母へ連絡がいく。このところ、ろくに話もしていなかったけど、アタシが危ない話に首を突っ込んでいることに感づいていたらしい。それにこの騒動だ。いくら放任主義の祖母でも黙っていてくれるはずはない。
 言うことを聞いたふりをしてこの場を切り抜けるか、それとも思い切って大喧嘩するか。態度を決めかねていると、由真が臨港署前でのやり取りのヴィデオ再生のようにアタシを怒鳴りつけた。
 感情を昂らせている人間を宥めるのに手っ取り早い方法は、横でそれ以上に感情を爆発させて見せることだ。どういうわけだか、隣でガタガタと怖がられると自分も怖くても落ち着いてしまうものだし、怒りについても同じことが言える。毒気を抜かれてしまうのだ。
 とは言え、理屈は知っていても簡単に実行に移せるものではない。特に事前の打ち合わせなどまったくやっていない状況では。
 しかし、由真はそれを見事にやってのけた。面食らっていながらも、アタシはポロポロと涙を流しながら迫ってくる由真の演技にすっかり飲み込まれた。アタシまで感極まって泣きそうになったほどだ。
 出鼻を挫かれた祖母は盛大なため息をつきながら、とりあえず今夜は休めと言ってくれた。もちろん、由真の目論見を見抜けないほど祖母は愚かではない。アタシを庇うためにそこまでする由真の顔を立ててくれたのだ。
「一個、貸しだからね」
 母屋の自室に引っ込む祖母を見送って、由真は得意満面の笑みを浮かべた。さっきの泣き顔の余韻などどこにもなかった。

 その後、二人で風呂に入った。まさか、本気だとは思ってなかったけど、貸しの返済だと言われては仕方がない。
 最初はちゃんとスポンジタオルを使っていたが、由真は途中から手に直接ボディソープをつけて、アタシの身体に手を這わせはじめた。
「ちょ、ちょっと!! あんた、そんな趣味あんの!?」
 あまりのことに深夜だというのに大声を出る。由真が泡だらけの人差し指をアタシの唇にあてがった。
「静かにしてよ。お祖母ちゃんが起きちゃうでしょ」
「だったら変なことしないでよ」
「いいじゃん。性感帯には触んないから」
「……なんでそんなの知ってんのよ?」
「真奈のことなら何でも知ってるよ。実はじらされるのが好きだってこととかさ。真奈ってば意外とMなんだよねえ」

 ――何を言い出すのだ、コイツは。

 あんぐりと口を開けたまま、何と言い返そうかと考えた。でも、迂闊なことを言うと墓穴を掘ることになりかねない。それに間違っても彼女の前で認めるわけにはいかないが、由真が言っているのは事実だったりする。自分がそんな性癖の持ち主だったなんて誰よりもアタシ自身が驚いた。
「耳を責められるとすっごく弱いんだよね」
 調子に乗って由真が言った。だから、何でそんなことを知っているのだ、この女は。
「だ、誰だってそうじゃないの?」
「そんなことないよ。あたしはあんまり好きじゃないしさ」
「へえ、そう。アタシも別に弱いってほどじゃないよ」
「じゃあ、触っていい?」
 返事を待たずに由真のほっそりした指先がアタシの耳朶に触れた。不意打ちに思わず声が出そうになった。首筋から背筋にかけて電気が走るのを何とかこらえた。 
「――ね、別に何ともないでしょ」
 何とか平然とした声を出すことに成功した。顔が熱くなっているのはそっぽを向いてごまかした。見えなくても、由真が含み笑いを浮かべているのが分かる。
 背中を洗うからと反対を向かされた。
 これ以上何を言っても無駄だと思って、やりたいようにさせることにした。かなり微妙なところまで手が伸びてきたけれど、何度か冗談めかして胸に手を回した以外は性的なニュアンスは匂わせなかった。誰かに身体を洗ってもらうのが心地よいのは意外な発見と言えなくもなかった。
 洗いっこと言いながら、由真は自分の番になると「自分で洗うからいい」と言い出した。
 お言葉に甘えて、アタシは湯船に身体を沈めた。仕返ししたい気もしなくはなかったけど、そこまでして同性の身体に触れたいわけでもなかった。よく誤解されるがアタシにはそっちの気はまったくない。
 由真が髪を洗っている間、鼻の下あたりまで湯に浸かって、洩らしたため息が鼻先で泡になるのを眺めていた。
 恋敵でありながら、どうして彼女は何の屈託もなく振舞えるのだろう。
 アタシなど歯牙にもかけていないという自信だろうか。確かに女性的な魅力という点でアタシが由真に勝てる要素はほとんどない。強いて言うなら、彼女はまったくできない家事がアタシは万能というくらいか。お見合いの釣書に書くなら充分なアピールになるかもしれない。でも、その程度だ。
 一人の男性を取り合って、同時に親友であり続けることができると本当に思っているのか。
 もしもそんなことが可能だとしたら、村上がどちらの求愛も退ける――いわゆる「ごめんなさい」を選んだ場合だけだ。その時にはふられた女同士で元の関係に戻れるかもしれない。しかし、そうでなければ、どちらかがどちらかの恋人になった村上を目の当たりにすることになるのだ。
 由真がどうかは知らない。でも、アタシはそんなことに耐えられそうになかった。
 
 三〇分ほどで菜穂子は戻ってきた。
「おっはよ。……どうしたの、元気ないわね」
 理由もなくイライラするほど張りのある声。濃い目の顔立ちにはしっかりとメイクがのっていて、白麻のパンツスーツがほっそりした身体を包んでいる。彼女の睡眠時間はアタシ以下のはずだが、色黒の皮膚の下にはエネルギーがはち切れんばかりに漲っていて、それに突き動かされるようなキビキビした身のこなしだった。これくらいタフでないと弁護士は勤まらないのだろう。
 年嵩の事務員の女性が菜穂子を「先生」と呼んで、何枚かの資料を手渡した。菜穂子はそれに目を通して資料の手直しを命じた。法律用語はまったく分からないけど、菜穂子の理路整然とした指示にはさすがに感心させられた。由真に至っては明らかな憧れの視線を送っている。
「とりあえず、あたしの部屋で話そうか」
 菜穂子は奥にある豪奢なドアを指した。さっきの年嵩の事務員が「コーヒーでよろしいですか?」と尋ねた。菜穂子とアタシはうなづいた。視線が由真に向いた。
「えーっと、あたしもコーヒーお願いします」
 思わず由真を見やった。由真は普段、他に飲むものがない場合を除いてはコーヒーを飲まない。飲むとしてもミルクと砂糖をたっぷり入れた、もはやコーヒーとは呼べない代物だ。それが別の飲み物を用意させる手間への遠慮か、目の前のハンサム・ウーマンの真似かは窺い知れない。
 菜穂子の私室は予想していたよりもはるかに豪奢だった。毛足の長い絨毯、重い色調のヴェルヴェットのカーテン。革張りのソファがガラステーブルを挟んで置かれていて、その向こうに壁一面を埋める書棚を背にして大きなデスクが配してある。
 菜穂子はアタシたちにソファを勧めて、高い背もたれのついた自分の椅子に腰を下ろした。並んで座るのはバランスが悪いので、アタシと由真は二つのソファに向かい合わせに座った。そのせいでどちらかが原告でどちらかが被告、菜穂子が裁判官のような感じだ。
 さっきの事務員の女性がコーヒーを三人の前に置いて、恭しい礼をして出て行った。
「さて、昨日はお疲れさまだったわね」
「ホントにありがとうございました。菜穂子さんが来てくれなかったら――」
「いいのよ、そんなこと。言ったでしょ。あなたのことは恭吾に頼まれてるって」
 意味が分からないように由真が目を瞬かせた。アタシは村上があらかじめ、アタシの身に面倒な事態が起きたときには菜穂子に手助けするように頼んでいたことを話した。
「ずいぶん手回しがいいんだね」
「……うん」
 由真は何かが引っかかっているような顔をしていた。でも、それが何なのか言おうとしないので話はそれ以上進まなかった。
 菜穂子はアタシに昨夜の出来事に至るまでの説明を求めた。
 大半は桑原警部に話した内容の繰り返しになるし、これまでに菜穂子に断片的に話したこととも重なるけど、自分の記憶の整理にもなるので白石葉子の手紙のことから話した。臨港署では口を挟まずに聞いていた菜穂子は、今回は少しでも疑問に思ったことは逐一質問してきた。アタシに答えられないことのいくつかは由真が説明した。逆に由真が知らないこともこの機会に説明した。話が横道に逸れまくったこともあって、時間は桑原に話したときの倍以上かかった。
「すいません、ゴチャゴチャした説明で」
 ぬるくなってしまったコーヒーをすすった。菜穂子の指示に比べればアタシの説明は出口のない迷路のようなものだった。
「そうでもないわ。だいたい分かったから」
「あれで?」
「まあね。まあ、後で整理して分からないことは改めて訊くけど」
「桑原警部と同じこと言ってますね」
「あの人の場合、最初から訊き直すことが前提みたいだけどね」
 菜穂子は苦笑いに似た微妙な笑みを浮かべた。
「……一つ、訊いていいですか?」
 由真が言った。
「なあに?」
「さっき、村上さんの取調べに警察庁が乗り出してきてるって言いましたよね?」
「管区警察局の監察課がね」
 菜穂子は桑原の話を引用して、村上の容疑が熊谷幹夫のファイルへの接触だったのなら、彼らが乗り出してきてもおかしくないことを説明した。
「それがどうかしたの?」
「これ、見てください」
 由真は愛用のバーバリーのトートバッグからA4版の紙の綴りを取り出して菜穂子に渡した。表紙をめくった途端に菜穂子の眉間に深い皺が寄った。
「これ、どうしたの?」
「あるところで手に入れたんです。たぶん、村上さんも同じところで」
 何のことだか分からなかった。アタシは腰を浮かせて菜穂子の手元を覗き込んだ。
「そんなことしたって見えないよ。はい、もう一部あるから」
 由真はアタシにも同じ綴りを手渡した。ソファに座りなおして、菜穂子と同じように白紙の表紙をめくった。最初のページの表題は”県警内情報提供者一覧”、下の作成者のところには”熊谷幹夫”と記してある。
「由真、これって――」
「そう。あたしが二年前に盗んだファイルだよ」
 由真の表情は硬かった。
 熊谷幹夫のファイル。由真が熊谷の事務所に忍び込んで手に入れ、紆余曲折の末に由真の当時の彼氏だった高橋拓哉がアタシに送りつけた代物だ。事件後、アタシのコピーと高橋のオリジナルのMOディスクが証拠品として押収され、関係者が所有するコンピュータは任意の協力という名目でデータが残っていないかをチェックされた。
 今は警察のコンピュータの中にしか存在しないはずのそれを、由真はどうやって手に入れたというのか。
「どういうこと?」
 菜穂子の声も由真に劣らず硬かった。
「タク――高橋拓哉っていう、あたしの元彼が隠し持ってたんです」
「……なるほどね。それしかないか」
 由真は口を挟んだアタシをチラリと見て、話を続けた。
「タクはファイルを残らず提出してたわけじゃないんです。これを提出するの、警察があたしの立件を見送るのと引き換えだったんですけど、警察が約束を守るとは限らないからって言って……。もちろん、何事もなければそのうちに処分するつもりだったみたいですけど」
「警察が事件の幕引きをしたっていう確信が持てたらってこと?」
「そのとおりです。タクってこまめにバックアップをとるクセがあって、このファイルもオリジナルのディスクが破損した場合に備えて、こっそりウェブ上のサーバにコピーしてあったんです」
「警察もそんなとこにあるなんて気がつかなかったでしょうね。その高橋くんって子、なかなかやるわね」
 菜穂子の声には感嘆のニュアンスがあった。高橋の几帳面さではなく、結果的に警察を出し抜いた用心深さに向けられたもののようだった。
「でもさ、高橋はどうやって警察の動向を知るつもりだったの?」
「そこが話がややこしいとこなんだけど……。実は村上さんとタクって、あの事件からずっと付き合いがあったんだよね」
「へっ!?」
 思わず間抜けな声が出てしまった。
「ほら、タクってコンピュータに強いから、村上さんがそっち関係で困ったときに話を持ち込んでたらしいの。で、タクのほうは村上さんの紹介でボクシング・ジムに通ったりしてたらしいんだけど。仲は良かったみたいよ。ときどき、一緒に呑みに行ってたって言ってたし」
「へえ……」
 いろんな意味で意外な取り合わせだった。一〇歳以上も歳の離れた希薄な接点しか持たない二人の男の間に友情らしきものがあったこともそうだし、肥満児がそのまま大きくなった体躯の高橋がボクシングに取り組んでいたというのもそうだ。
「高橋くんは恭吾から警察の動向を知ろうとしてたってわけね?」
「そうみたいです。そのへんも含めて、二人はかなりオープンに話をしてたみたいですね」
「自分がファイルを隠し持ってることも?」
「そういうこと」
「だとすると、おかしなことになるわね。恭吾はクラッキングなんてする必要はなかったわけだし」
「やっぱり上社説が有力ってことですか」
 アタシの問いに菜穂子は大きくうなずいた。
「でっち上げ、ね。恭吾の口を封じるのにそこまでやんなきゃなんないってのも、よく分かんないけど」
 誰が監察官室――片岡警視を動かしたか、それは分からない。ただ、その誰かにとって不都合な事実を村上がつかんでいたのは間違いないだろう。
 その”事実”こそが不可解なパズルの最後のピースなのだった。
「そのへんはここで考えても仕方ないわね。でも、由真ちゃんのおかげで重要なことがはっきりしたわ。これ、使ってもいいのかしら?」
 菜穂子は手にした綴りを指で叩いた。
「タクはそれで村上さんの窮地が救えるんならって構わないって言ってます。ディスクも預かってきてます」
「恭吾もいい友だちをもったわね」
 菜穂子はここにいない元夫をからかうように言った。由真はCD−ROMを菜穂子に渡した。
「タクは何かの罪に問われるんですか?」
「それはないと思うわ。このファイル自体が公式には存在しないものでしょうからね。関係者のコンピュータを調べたのも、ちゃんとした令状をとってのものじゃなかったんでしょ?」
 アタシはそうだと答えた。一応、アタシのiMacも調べられたけどそういった書類は一切提示されなかった。警察の技官とは思えないとっぽいオニイチャンが来て一時間ほど中身を覗いていっただけだ。
「大丈夫ですよね?」
 由真は念を押すように訊いた。菜穂子は椅子から立ち上がって鷹揚にうなづいてみせた。
「心配要らないわ。悪いようにはしないから」
 菜穂子はディスクをヒラヒラさせながら私室から出て行った。バックアップをとるのだろう。
「……ふうん、会いに行ったんだ?」
 由真は何のことを訊かれたのか分からないように目を瞬かせた。もちろん、それは照れ隠しのポーズに過ぎない。
「村上さんのノートパソコン、あたしじゃ手に負えなかったから」
「中身を見るのが?」
「そういうこと。とりあえず、分かった範囲じゃそれっぽいものはなかったの。でも、それじゃあ、わざわざ真奈に預けてくれって言った意味がないでしょ。だから、あたしじゃ分からないような仕掛けがしてあるのかもって思って」
「確かにそうね。まったく、厄介なことしてくれるわ」
「そうだね」
 高橋といえどもすぐに何かを見つけることはできなくて、由真は村上のノートを預けてきたと言った。反対する理由は何もないので、アタシは構わないと答えた。
 アタシと由真は顔を見合わせた。由真は懐かしさと気まずさの入り混じった何とも言えない表情をしている。さんざん困惑させられた反動のような底意地の悪い笑みが自分の顔に浮かんでいるのが分かる。
「どうだった?」
「なにが?」
「久しぶりに元彼に会って。焼けぼっくいに火がついたりしなかった?」
「真奈ってば、ぜったい歳ごまかしてる。今どき、そんなこと誰も言わないよ」
「そんなことないでしょ。あれだけ好きだったんだし、憎みあって別れたわけでもないんだもの。そろそろヨリを戻してもいいんじゃない?」
「無責任なこと言わないで。第一、あたしがその気でも向こうが無理なんだもん」
「どうして?」
「結婚しちゃってるから」
「えーっ!? あの、どう見ても女にはもてそうにないパソコンオタクが結婚?」
「真奈ってばハッキリ言い過ぎ!」
 眼鏡越しに由真がアタシを睨む。そんなことを言われても事実だから仕方がない。
「でも、結婚かぁ……」
「あたしもびっくりしたんだけど。あたしと別れてから半年もしないうちに知り合って、そのままできちゃった結婚だって」
「マジで?」
「子供、抱っこしてきたもん。あんまりタクには似てなかったけど。奥さん似なのかな」
「あんた、奥さんとも会ったの?」
「まさか。あたし、そこまで厚かましくないよ。会ったのはタクの仕事場。子供はたまたまタクが連れてきてたってだけだよ」
 写真は見せてもらったけど、と由真は少し憤然とした表情で言った。どうせ箸にも棒にもかからない腐女子あたりだろうと根拠もなく思っていたら、見せられた写メは蝦原友里顔負けの美人だったらしい。
 いつぞや、先輩モデルの一人が飲み会の席で「元彼の新しい彼女のご面相がアレだと審美眼のない男と付き合っていたようで面白くないけど、自分より可愛い女と付き合われるのはもっと気に喰わない」と言っていたことがある。自分の容姿に自負があるとそういうことが気になるのだろう。
 幸い、アタシはそういう感情と無縁の人生を送っているし、それ以前に二人の元彼の彼女と会ったこともない。とは言え、自分より可愛かったときに祝福するほどお人好しでもないので、会わないほうが心の平穏にはいいのかもしれない。彼氏じゃないけど一夜を共にした男はアタシと正反対の小柄で可愛い子と付き合ってるらしいが、あれは文句を言う筋合いではないだろうし。
「タクの写メ、撮ってきたけど見る?」
「見る」
 それは見ずにいられない。ケイタイをひったくってアタシは絶句した。プロゴルファーの矢野東似のハンサムが写っていたからだ。
「誰、これ?」
「だから、タクだってば」
「またぁ、嘘でしょ?」
「嘘ついてどうすんの。ま、あたしも声を聞くまで、誰だかわかんなかったけど」
 もう一度、マジマジと写メを眺めた。気の弱さと傲岸さが同居したクセのある眼差しこそ変わってないが、それ以外はまるで別人だった。顔は一回り以上小さくなっていて、健康的に陽に灼けた肌と金髪のメッシュが入った長髪がワイルドな感じをかもし出している。タンクトップから覗く胸元や僧帽筋、肩の周りは驚くほど逞しく盛り上がっている。
 これでは女の子が放っておかないだろう。村上とはまるで違うタイプだけれど、この二人が並んで飲んでいればさぞかし注目を集めたに違いない。
「これ、フォトショップで修正したんじゃないの?」
「してないってば。真奈もしつこいなあ」
「だって、素直に認めろっていうほうが無理だよ」
「そうだろうけどさ。でも、実物はもっとカッコ良かったよ。中身はあんまり変わってなかったけど」
 アタシは二年前の事件の後、由真の審美眼をさんざんバカにしたことがある。由真が別れた元彼について「見た目だって決して悪くなかった」と発言したからだ。でも、間違っていたのはアタシのほうだった。高橋拓哉はまだ磨かれていないというだけの原石だったのだ。
「逃がした魚は大きかったみたいね」
 悔し紛れに言ってみた。由真はもともと高橋の人柄に惹かれて付き合っていた。それが変わらずに外見のレベルが跳ね上がっているのなら、悪いことはなにもない。
 躍起になって否定するかと思っていたら、由真はフンと短く鼻を鳴らして「……だよね」と呟いた。

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