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Left Alone

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  第 72 章 

 一時間後、アタシたちは大名にある焼肉屋にいた。
 食べ放題のチープな店で、無煙ロースターなどないので店内はうっすらと煙が立ち込めている。女の子を連れてくるような店じゃないだろと思ったけど、深夜だというのにだだっ広いフロアにはカップルも少なからずいたし、驚いたことに女の子だけのグループもいた。
 本当はとても食事が喉を通るような心境ではなかった。村上の”ラブレター”を手に入れたといったところでこちらから打つ手もなく、由真の行方も依然として知れない状況だ。これで平然と物が食べられたらどうかしている。
 それがシュンと顔を突き合わせて肉を焼く羽目になっているのは、彼の「腹が減っては戦はできねえって言うだろ」とのたまう勢いにつられてしまったからだ。彼なりに元気付けようと気遣ってくれているのが分からないほどアタシも鈍感ではない。ただ、せめてもう少し雰囲気のある店でもいいような気がしたが。これじゃ本当にマジ喰いだ。
「あ、真奈っち、そのタン焼けてる」
「いいの?」
「いいから早く。火が通り過ぎる」
 言われたとおりにタンをとって、レモンだれにつけて口に運ぶ。シュンがそれを見て満足そうな顔をする。食べているところをジッと見られるのはアタシだって恥ずかしいが、今さらお淑やかなふりをしても始まらない。アタシは網の端のカルビも皿にとった。食べ放題の店の割に肉はそんなに悪くなかった。
「美味しい」
「だろ。よく来るんだ」
 シュンは得意そうに笑いながらグラスを口に運んだ。本当はビールくらい飲みたいところだが、この後何があるか分からないのでアルコールはオフ。グラスの中身はウーロン茶だ。
「これからどうすんだ、真奈っち?」
「どうするって?」
「何か、考えがあんのか?」
「考えねぇ……」
 そう言われても具体策は思いつかなかった。
 菜穂子や多香子の指摘を思い出すまでもなく、マスコミに持ち込む選択肢がないのは痛い。信頼に足る知り合いに心当たりがない以上、飛び込みでの持ち込みはかなり分の悪い賭けだ。現役警察官僚のスキャンダルに喩え下種な興味からでも食いついてくれればまだ良いほうだ。もし、ディスクを渡した相手が警察におもねるような人間だったら、アタシはみすみす手札からジョーカーを捨てることになる。
 更にアタシは由真のことも考えなくてはならない。今のところ、彼女の身柄については誰からも何のコンタクトもない。しかし、その目的が村上が隠したDVDを手に入れたアタシへの人質なのは火を見るより明らかだ。それが分かっていてディスクを手放すことは出来ない。
 しかし、アタシがディスクを手に入れたことを新庄たちに知らしめる方法がないのも事実だ。井芹や馬渡、あるいは立花のように居所や所属が分かる人間はいるので連絡をとるのは可能だ。でも、何の手立てもなくそうすれば、ただディスクを差し出させられて終わりだろう。それで由真を取り戻せたとしても事実関係を知るアタシたちを奴らは放って置かないだろう。自分のことはともかく、周囲の多くの人を巻き込むことは許されないし、何より無意味に絶対の証拠を手放したりしたら村上に顔向けできない。 
 間の抜けた三すくみの状況に思わずため息が洩れた。アタシはウーロン茶を一息に飲み干し、お替りを注文した。
「ところでシュン、ツルさんから連絡は?」
「……真奈っちって意外とせっかちだな。ちょっと待てよ、メールすっから」
 シュンがケイタイの画面を注視する。
 ここへ来る途中、アタシたちはシュンの友人がやっている大名のショップに立ち寄っていた。そこはこの街にいくらでもあるカジュアルアイテムの店だが、ツルさんというオーナーの男性がDVDのコピー(専門用語でリッピングというらしい)が趣味だというので、例のDVDのバックアップを頼んであるのだ。
「シュンってああいうの詳しいのね。ちょっと意外」
「詳しくねえよ。ただ、知り合いにその道のオーソリティがいるってだけさ。さっきのツルさんもその一人だけど、あの人、もし持ち歩いてるハードディスク落として警察に持っていかれたら、一発で後ろに手が回るんだよな。著作権法違反とか最近煩いから」
「そうなんだ。あ、メール来たんじゃない?」
 シュンが再びケイタイに視線を落とした。その表情が曇る。
「あー、やっぱダメか」
「えっ?」
「専用の盤じゃないと焼けないらしい。手持ちのリッピングツール総動員してもムリだって」
「あの人、そういうのの凄腕なんじゃないの?」
「えーっと、使われてるプロテクトがあんまり出回ってるやつじゃないんだってさ」
「じゃあ、コピーはムリなの?」
「今のところ手立てなし。真奈っち、コピーガードについてどれくらい知ってる?」
「ほとんど何も」
「あ、そう」
 呆れ顔で見られてバツが悪いが知らないものは知らない。それにアタシは基本的に違法コピーには反対の立場だ。
「細かいことは省くけど、あのディスクに掛けてあるのは韓国製のAlpha−DVDつって、アダルト系のゲームのDVD−ROMでよく使われてるやつだ」
「へぇ……」
「こらこら、真奈っち。俺は知識として知ってるだけだぞ」
「アタシ、何も言ってないじゃない」
「眼が疑わしそうだっての。俺、そういう趣味ねぇから」
「そういうことにしといてあげるわ。それで?」
「……ったく、そういうの偏見っていうんだぜ。えーっと、仕組みは多重構造暗号化方式つって、ディスク解析じゃ読み取れないような二重三重のセクタがプロテクトの正体だったと思う。だから、それを外して二重三重の部分を一重に直すなんてことをしたら、というか、普通にリッピングしたらそうなるんだけど、間違いなく失敗に終わる。そうじゃなくて、もし本当に他の方法で外すんだとしたらプログラムとかドライブのエラーを作り出さなきゃならない――ま、この辺はいいか」
 アタシはうなずいた。アダルト作品で使われている云々以降はほぼ魔法の呪文だ。それも眠気を催す系の。
「時間をくれるんなら他のツール当たってみるって言ってるけどな。でも、そんな悠長なこと言ってらんないだろ」
「そうなのよね」
「うーん、ツルさんでダメならどうすっかな」
 シュンは他の候補者を思い浮かべるように天井を見上げた。しかし、口から他の名前は出てこなかった。
 アタシも同じように考えを巡らせた。あれだけ違法コピーで映画を蒐集している村上がコピーをした形跡がないわけで、それなりの対策が施されていてもおかしくないのかもしれない。問題はむしろ別のところにある。
「ねぇ、シュン。そのプロテクトって誰にでも施せるものなの?」
「えっ?」
 シュンがきょとんとした顔を向ける。
「だから、ツルさんみたいなエキスパートでも外せないようなコピーガードを、渡利が自分で掛けられるものなのかって訊いてんの」
「えっと……そりゃムリだな」
「どうして?」
「コピーガードってのは掛ける側にしたって技術が公開されてないからさ。プロテクトがどんな仕掛けになってんのか、なんて情報が出回っちまったら、あっという間に解析されるだろ?」
 シュンはウーロン茶を一口すすってから、多くのソフトで使われているCSSというシステムが事実上無効になってしまっている経緯を話してくれた。
 そもそもCSS(コンテンツ・スクランブル・システム)とは映像コンテンツを暗号化し、その解除鍵を複製できないエリアに記録するものなのだ。これが施されたソフトはパソコンなどで単純にコピーしても、鍵自体が複製できないため再生できない。
 ところが、その鍵がどういうわけだか暗号化されない状態で出回ってしまい、現在は一部の例外はあるがかなり容易にコピーが出来るツールが出回っているのだそうだ。ちなみに村上が映画のコピーに使っているのもおそらくこれで、シュンが言うには諸般の事情で完全に違法とは言い切れないらしい。まあ、それはどうでもいいが。
「そういうわけでコピーガードってのは、きちんとライセンスが下りた会社でしか扱えない」
「だったら、渡利はどうやってコピーガードを掛けたの?」
「持ち込みで処理してくれる会社なら幾らでもあるさ」
「さっき、使われてるのは韓国製のあんまり出回ってないタイプだって言ったわよね?」
「言ったけど、それだって全国探せば見つかる。今はネット上のやり取りだけで済むしな。ディスクイメージをネットで送るのはさすがにムリなんで、オーサリングしたディスクを郵便で送る必要はあるけど」
「それはないわ」
 きっぱり言い切ったアタシにシュンが眉根を寄せた。
「どうしてそんなこと言えるんだ?」
「考えてみてよ。渡利はずっと一緒にいた密売グループのメンバーすら信じてなかったのよ。それなのに、まったく顔を合わせたこともない人間にあの映像を見られるリスクを冒すと思う?」
「確かに一理あるな。で、真奈っち。何が言いたい?」
「渡利純也がコピーガードを施すように頼んだ相手は福岡にいる。そいつは韓国製のコピーガードを扱える会社にいたか、少なくとも出入りできる立場にあった」
「だろうな」
「処理の段階であのDVDの中身を見られるのは間違いないし、下手すればこっそりコピーを取られる可能性がある以上、そいつは渡利からよほど信用されてたか、あるいは弱みを握られて逆らえない立場にあったかのどちらかよね。アタシは後者だと思うけど」
「俺もそう思う。それで?」
「……うん、どうってわけでもないんだけど」
 いい考えに思えたのは最初だけだった。
 渡利純也の手下(と言っても構うまい)が判れば知り得ることはいくつもある。プロテクト済みDVDが実際に何枚作られたのかとか、渡利が新庄を脅迫して事実上の警察の庇護を手に入れた経緯などだ。
 しかし、肝心のその人物を捜す時間がなかった。コピーガードを施した張本人なら解除することも容易に出来るだろうが、シュンの知人がAlpha−DVDに適合するリッピングツールを手に入れるのを待っても結果は同じだ。アタシはシュンにそう話した。
「いや、必ずしもそうとは言えないぜ」
 シュンは目顔で断ってタバコに火をつけた。意外と食が細いらしくて、すでに肉に手をつけていない。アタシにしたところで食欲があるわけでもないのでさっさとロースターの火を落とした。食べ放題に来た意味がゼロなのはツッコまないでおこう。
「どういう意味?」
「DVDがこっそりコピーされてたのは間違いないと思う。で、そいつにとって渡利がどういう人間だったかはともかく、死んだ後にまで義理立てするような間柄だったかどうかは疑問だよな」
「そうだけど。渡利が死んだ後に、そいつが何のアクションも起こしてないのが不自然ってこと?」
「それもある。相手が警察だってことを考えたら、同じように脅迫にまで手を出せたかどうかは分からないけどな。しかし、だったらネットとかに流出させててもおかしくないと思わないか?」
「そうかもしれないけど」
 アタシはその辺の事情に恐ろしく疎いので、ネット上に何の得にもならないものを流出させる人間の心理はよく分からない。
「真奈っち、まだ気づかないか?」
「何を?」
「俺が言ったことは馬渡たちだって気づいてる。連中のところにはDVDの実物が行ってるんだし、コピーガードの解析くらいしただろう。奴らは当然、コピーが残ってる可能性のあるところはしらみ潰しに当たったはずだ」
「確かにそうね」
「そいつがどういう運命を辿ったかは分からない。けれど、無事では済んでないはずだ。もし、そいつが逃げ遂せたんなら、それこそネットに流出してないはずないからな」
「新庄を破滅させる以外に追及を逃れる手がないものね。でも、実際にはそんな話はない」
「そうだ。ってことは、そいつは捕まったんだろうな」
「そうよね……って、それじゃどうにもならないじゃない」
 シュンが言ったことには確かに一理ある。けれど、渡利の手下を捜しても無駄だということを確認する以外の役には立たなかった。
「まぁ、そうだけどさ。でも、一ついいアイディアを出したと思ってるんだけどな」
「何を?」
「いざとなりゃ、俺たちの手でネットに流出させるのさ。あのDVDの中身を」

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