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砕ける月

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  第 6 章  

 夕方の香椎はいつもと同じように気忙しかった。
 福岡にはそれぞれの区に中心となる街があって、その地域の特徴のようなものをかもし出している。博多区には駅前のオフィス街と九州最大の歓楽街・中洲、中央区には街全体がショッピング・モールのような天神、南区には大学や専門学校が集中している学生の街・大橋、早良区には伝統的な雰囲気と真新しい街並みが入り混じった西新といった具合だ。西区と城南区にはあまり行かないのでよく分からない。
 東区の中心、香椎周辺はさしずめ市内にあるベッドタウンという感じの街だ。
 公共機関が集中しているせいかどうかは分からないけど公営住宅が多く、生活感に溢れているこの辺りの商店街は昼間よりもむしろこれからがごった返してくる。アタシはまだ小さかった頃、ほんの一時期だけどこの辺りに住んだことがあって、母親の買い物にくっついて行くのが大好きだった。
 最近は大型ショッピング・センターや博多湾の人工島なんかが出来てずいぶん印象が変わってしまったような気がするけれど、アタシが好きな街であることには変わりはない。
 目指す会社が入っている雑居ビルは香椎神宮近くの税務署の並びにあった。
 バンディットを近くのダイエーの駐輪場に停めた。いざとなったらバイク便のメッセンジャーになりすませるようにヘルメットと薄手のパーカーは持って行くことにした。
 雑居ビルには一つのフロアに二つずつテナントが入れるようになっていて、タカハシ・トレーディングはその三階だった。同じフロアには司法書士事務所が入っている。
 四階は二つとも空室で、そこの郵便受けにはA4の書類が入りそうな大判の封筒がいくつも突っ込んであった。バイク便の変装の補強に一つ失敬させてもらった。
 エレベータで四階に上がって、階段の上からタカハシのドアを見張ることにした。
 四階が空いているのをいいことに、タカハシの前にはかび臭い大小の段ボール箱が廊下から階段まで堆く積まれていた。輸入物らしく”MADE IN CHINA”だとか”○○有限公司”だとか、そんな文字が印刷されている。チョークで意味の分からない走り書きがしてあるものもあった。開いている箱があったので中を覗いてみると中国から輸入した化粧箱入りの健康食品のようだった。

 時計は五時半を示そうとしていた。
 バイト先にはあらかじめ遅刻の連絡を入れてあった。本当は休みたかったけれど、バンディットの修理代が予想外に高かったので一日分でも実入りが減るのは厳しかった。
 何か目算があるわけでもないのに何かをじっと待っているというのは予想以上にキツかった。ビル全体に西日が当たっているように暑くて、じっとしていても背中や額に汗がにじんでくる。風も入ってこないので空気が澱んで余計に気分が滅入ってきた。

 ふと、父親のことが脳裏をよぎった。
 アタシの父親は、薬物対策課という内偵調査が捜査の大部分を占める部署にいたので、しょっちゅう聞き込みや張り込みをしていたからだろう。

 思い出したくもないことなのだけれど。

 誰に聞いたのか忘れたけど、警察の捜査関係の部署には何でも出来る人よりもむしろ一芸に秀でた専門家が多くて、取調べの名人だとか、鑑識の達人だとか、そういうのがいっぱいいるのだそうだ。
 そんな中で父は張り込みの名人と言われていた。どんな小さな兆候も見逃さず、マークした相手は尻尾を出すまで絶対に逃がさない。
 一度、外国からの銃器の密輸組織の捜査で証拠が掴めずに捜査本部が苛立ちに包まれる中、父が周囲の意見を押し切ってマークしていたところに密輸品が持ち込まれて大金星をあげたことがあった。本部長表彰を受けてお祝いで食事に連れて行ってもらったのでよく覚えている。
 出世とはまるで無縁の人で、警部補になったのだって同期の中では遅いほうだったけど、アタシにとっては自慢の父親だった。刑事の仕事に誇りを持っていることは子供心にも伝わっていて、母親の死後にアタシは一人で家に取り残されていても、それを寂しいと思ったことはなかった。
 だからこそ父の事件はアタシを打ちのめした。
 せめて父が裁判の場ででも何か自分の正当性を――たとえ認められなかったとしても――主張してくれていれば、アタシはそれに縋ることが出来たかもしれない。
 アタシの父親は結果として人を死なせてしまったけれど、決して刑事の誇りを捨てていたわけじゃないんだと。人を死なせるために暴力を振るった殺人者ではないのだと。
 でも、父は裁判はおろか、面会に行ったアタシにさえも何も言ってはくれなかった。ただ、迷惑をかけてすまない、と誤るばかりだった。
 収監されたのが北陸の刑務所だったのと祖父が許してくれないので、アタシは父のいる刑務所には行ったことがない。手紙も近況報告のようなものを数回書いただけだ。由真と出会って学校に戻ったころに撮った写真を一枚だけ入れたことがあるけれど、それ以外にはあまり心のこもっていない文章をしたためた数枚の便箋しか送っていない。
 父から返事が来たことは一度もなかった。

 監視を始めてから三十分ほどが過ぎた。
 あまりにも退屈で、途中からアタシは物音にだけ気をつけて、段ボールから引っ張り出した健康食品の効能のところを読んでいた。
 アタシは中国語はおろか外国語はまったくダメだけれど、漢字の拾い読みでそれが緑茶と漢方植物らしきものから出来ていて、降脂だとか減肥(両方ともダイエットのことだろう)の効果があるらしきことは分かった。
 途中、タカハシ・トレーディングには人の出入りはなかった。
 向かいの司法書士事務所からはスーツ姿の風采の上がらないオジサンと事務員らしきちょっと派手めな顔立ちのお姉さんが連れ立って出てきて、仲睦まじそうに寄り添って階段を下りていった。夫婦というには歳が離れているけど親子には見えない。でも絶対に雇い主と従業員の雰囲気じゃなかった。大人の世界を垣間見たような気がしてアタシはちょっとだけドキドキした。
 この三十分の成果といえばそれだけだった。アタシは自分が何をやっているのか分からなくなってきた。
 もう少しだけ待ってみて動きがなければ帰ろうと思った。
 そのとき、事務所のドアが開いた。
 四十台くらいの化粧っ気のないオバサンが出てきて、室内に向かって「早くしなさいよ」とか、そんなことを言っている。続いて頭頂部の寂しいオジサンが何やら大きなバッグを抱えて出てきた。二人はお向かいさんと違ってどう見ても夫婦だった。オジサンが入口の辺りで何かすると室内の蛍光灯が消えた。
 この夫婦と由真と例のディスクの間の関わりがアタシには想像がつかなかった。やはり送り主は封筒をどこかで手に入れて流用しただけなのだろうか。
 会社の中からドタドタという音とともにもう一人、若い男が出てきた。どうやら夫婦の息子のようだった。

 その膨れっ面と締まりのない体格を見たとき、アタシは思わず「……ビンゴ」と呟いていた。
 あの夜、警固公園で由真と待ち合わせていたオタク男がそこにいたのだ。

 高橋家の人々は会社の戸締りをすると、揃ってエレベータに乗り込んだ。
 アタシはエレベータのドアが閉まるのと同時にダッシュで一階まで降りた。二階の踊り場で郵便受けの前を通る一家を目で追った。どうやら一家はこれから家に帰るらしく、ビルの裏通りにある駐車場に向かっているようだった。
 アタシは距離をとりながら後をつけた。
 バンディットを遠くに停めたことを激しく後悔したけれど、今から取りに行っていては間に合わない。せめてクルマの車種とナンバーだけでも控えておきたかった。
 傍目から見る限り、高橋家はごく普通の三人家族のようだった。のんびりした父親と気忙しい母親、ちょっと頼りない感じだけど優しそうな息子。
 喋っているのはほとんど母親だった。父親はそれに「ああ」とか「いいよ」とかいう感じで口数少なく答えている。どっちかといえば息子は父親に似ていて、夫婦の後ろを黙って着いていっている。
 一家は月極の駐車場に入ると、並んで停まっている二台に分かれて乗り込んだ。
 先に動き出したのは夫婦のトヨタのセダンで、息子の乗ったホンダの黒いライトウェイト・スポーツは停まったままだった。
 アタシの運もまんざらでもないようだった。
 セダンが駐車場を出て走り去るのを確認してから、アタシはクルマに駆け寄った。軽自動車と見まがうような小さなボディで、リアハッチに”CR−X”というロゴが入っている。
 運転席の高橋はバケットシートに太った身体を押し込んでケイタイでメールを打っていた。丸っこい顔立ちにはあまり似合わない細めのサングラスをかけている。
 アタシは運転席側の窓をノックして車内を覗き込んだ。
 ただでさえ狭い小型車の車内にロール・バーが入っているせいで、高橋はまるでお出かけ用のカゴに閉じ込められたパグ犬のようだった。
 高橋はアタシを見ても誰か分からずに怪訝そうな顔をしていた。アタシはこの男をじっくり眺めていたけれど、彼がアタシを見たのはほんのちょっとのことだし、それも夜の暗い公園での話だ。
 しばらくアタシの顔を見ていてようやく記憶と繋がったのか、高橋はアッというように目を見開いた。
 アタシはニッコリと微笑んで見せた。ここでもし高橋がクルマを急発進させようとするなら、アタシは遠慮なくヘルメットで窓ガラスを叩き割るつもりだった。事実、彼の手はシフトレバーに伸びた。
 そこまでだった。諦めたように手を離して窓を下ろした。
「何の用だい?」
 高橋が言った。仏頂面には似合わない甲高い声だった。
 テレビで初めてデイヴィッド・ベッカムのインタヴューを見たときもドナルド・ダックのような声に思わず笑ってしまったけど、それと同格の意外さだった。
 まあ、顔は比べるべくもないけど。
「話がしたいんだけどな。降りてきてくれてもいいし、アタシを乗せてくれても構わないわ。助手席が由真専用なら遠慮するけど」
 高橋はジロリとアタシを睨んでから、わざとらしく芝居がかったため息をついてみせた。手元のドアロックを操作すると運転席と助手席のロックが同時に外れた。
 アタシはCR−Xの助手席に乗り込んだ。

 CR−Xはレース用のセッティングがしてあるようでサスペンションが硬く、乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。助手席は普通のシートベルトだったけど運転席は”SABERT”というロゴの入った赤い四点式のものだった。
 クルマは香椎を離れて志賀島に向かって走っていた。
 ファミレスかどこかに入って話そうとしたら、走りながらのほうがいいと高橋が言ったのだ。
 クルマのドアに埋め込まれたスピーカーからは小さな音量で、カニエ・ウェストの「スルー・ザ・ワイヤー」が流れていた。グローブボックスに無造作に突っ込まれたCDはどれもラップ・ミュージックばかりで、想像していたようなローティーン・アイドルのものは見当たらなかった。
 この手の男性とそういうジャンルを結びつけるのは、やはり偏見なのだろう。
「名前から訊こうかな」
 アタシは言った。
 たっぷり一分ほど沈黙してから、高橋は口を開いた。
「――高橋。高橋拓哉」
「オッケー。タッくんって呼んでいい?」
「勝手にすれば」
 高橋はアタシのほうを見ようともしなかった。狭い車内に女の子と二人きりで緊張しているわけじゃなくて、本当に興味がないという素振りだった。
 何となく腹が立ったけど、文句を言う筋合いでもない。
「アタシは真奈。榊原真奈」
「知ってるよ。由真ちゃんから君の話は何度も聞かされてる」
「そう」
 運転席の男は間違いなく公園で見たオタクと同一人物なのだけれど、何処となく違和感があった。それが何なのかはすぐに分かった。
 メガネだ。あのすぐにずり落ちる大きなメガネをかけていなかった。今は普通のサングラスでそれも度が入っている様子はない。それでも夕暮れ時の運転に支障はなさそうだった。コンタクト・レンズを入れているのだろう。
 服装はブリティッシュ・グリーンのポロシャツとジーンズ(ケミカル・ウォッシュじゃなかった)で、この前よりもかなりこざっぱりしていた。
 どう考えても由真とのデートには今の格好の方がマシなような気がしたけど、あのときは由真も正気を疑う(あくまでも彼女にしては、だけど)ギャル系ファッションだった。ひょっとしてコスプレ・デートだったのかもという考えが脳裏をよぎって、あまりのイタさにアタシはげんなりした。
「由真とは付き合ってるの?」
 アタシは訊いた。
「……ずいぶん、プライベートなことだけど、答えなきゃいけないかな?」
「そんな義務ないけど」
 高橋の口許に微かに笑みが浮かんだ。
「そうだ、と言えたらいいんだろうけどね。――可愛いし、頭はいいし、優しいし」
 ワガママで一度言い出したらきかないし、思いつきで突拍子もないことを言い出すし、キライな相手にはとことん冷酷だし、と心の中で付け加えた。
「まぁ、好意的に言ってもオトモダチだろうね。彼女、僕がバイトしてたショップのお客さんだったんだ」
「ショップ?」

「そう。コンピュータ関係のね」
「へぇ……」
 由真はマニアというほどではないけどコンピュータには詳しい。
 パワーなんとかというバイクの新車が買えそうな値段のデスクトップを持っていて、インターネットがどうとか、新しいゲームがどうとか、アタシにはおよそ理解不能な話をしている。実はアタシには彼女には感謝してもしきれない恩義がある。アタシは自分のコンピュータもロクに扱えないのでiPodに音楽をダウンロードするのは由真にやってもらっているのだ。
「してた、って今は違うの?」
「今は親父の仕事を手伝ってるからね。ウチの事務所に来たんなら、あの段ボールの山を見ただろ」
 見た、と答えた。
「ウチの親父は元商社マンでね。ま、いろいろあって会社を辞めたんだけど、再就職はしないで個人輸入代行の会社を作ってさ。中国、韓国、台湾、そのほか東南アジアにはツテが多いらしいんだよね。で、一昨年くらいからは健康食品の輸入を始めたんだけど、自分で売ったほうが儲かるっていうんでネットショップを立ち上げることになって、僕がそれをやることになったというわけさ。やり始めると結構忙しいんだよね。家内制手工業みたいなもんでさ。親父は買い付けでしょっちゅう海外に行ってるし、お袋一人じゃムリだから、梱包から発送まで僕がやんなきゃいけないし」
 アタシは適当に相槌を打ちながら、「へぇ」と気のない返事をした。
 普段は仏頂面でも呼び水が向くとよく喋るタイプのようだった。どうでもいいけれど自分を”僕”と呼ぶ九州男児にはあまりお目にかからないので、何となく背筋がむず痒くなってきた。
 アタシは核心に迫ることにした。シートに座るのにジャマだったので腹のほうに回していたヒップバッグから、MOディスクを送ってきた封筒を取り出した。
「コレを送ってきたのは、アンタでしょ?」
 高橋はアタシがかざした封筒にチラリと視線を投げた。
 返事はなかったけれど、その沈黙自体が答えのようなものだった。
「由真の名前を騙るのに、会社の封筒使っちゃバレバレでしょうに」
「……騙ったつもりはないよ。それは由真ちゃんに頼まれたんだ。君にアレを送って欲しいってね」
「由真が?」
「あのMOは彼女のもので、僕が預かっていたんだ。彼女に返そうとしたら、君に送ってくれって言うからさ。彼女の名前で出したのは、君は僕のことを知らないからさ。差出人不明で出してもよかったんだけど、由真ちゃんから、ダイレクト・メールは読まずにゴミ箱行きだって聞いてたからね」
 さすがは由真だ。アタシの習性をよく知っている。
 高橋は話を続けた。
「MOを入れる適当な大きさの封筒がなかったんだ。それで会社のを使ったんだけど、まっすぐウチを訪ねて来るとは思わなかったよ。アレの中身は見たの?」
「まだよ」
 高橋は怪訝そうな視線を向けた。
「一般家庭にあるパソコンに、MO用のドライブなんて付いてないわよ」
 得心がいったようで、高橋は小声で「なるほど」と言った。
「中身は何なのか、教えてくれると、手間が省けるんだけどな」
「由真ちゃんからは聞いてないの?」
「残念ながら」
「だったら、僕の口からは言えないな。とは言っても、ファイルにはプロテクトはかかってないから、見たければ見ればいいさ。ドライブが必要なら、使ってないのがあるから貸してあげてもいいよ」
 ドライブの手配はついていると断った。梅野の知り合いといいコイツといい、コンピュータ・マニアはMOドライブの予備を持て余しているのだろうか?
 クルマはいつのまにか和白通りから海の中道に入っていた。
 まさか送り主本人に会えるとは思っていなかったので、アタシは高橋に何を訊いたらいいのか、よく分からなくなっていた。

 高橋と話して分かったことといえばディスクが由真のものであること、アタシにディスクを送りつけたのは由真の意思によること、(アタシに中を見る手段を確保できるかどうかは別にしても)中身を隠すつもりはなかったこと、そして由真にとって高橋はそういうことを頼める仲であるということだった。
 由真が何故アタシに送ったのかは本人に訊かなければ分からない。これでディスクの中身がくだらないものだったら本当に脱力モノなのだけれど、由真はその手の悪フザケはやらない。普段がどうであろうとも。
 しばらく走ると雁ノ巣のレクリエーションセンターが見えてきた。アビスパ福岡のクラブハウスやソフトバンク・ホークスの二軍グラウンド、その先には海ノ中道海浜公園、ホテル海ノ中道がある。
 夏になると野外ライブフェスタやコンサートが開催されるところで、会場の周りでは道路沿いにまで音が聴こえてくるので辺りは違法駐車のクルマで一杯になる。一度、パトカーがやってきて停まったので取り締まりかと思ったら、降りてきた警官も音楽を聴きはじめたので「……さすがは福岡県警」と思ったものだ。福岡がかつて”日本のリヴァプール”と呼ばれた数多くのミュージシャンを輩出した街で、音楽に理解があることと関係があるかどうかは分からない。
 クルマはホテル海ノ中道の駐車場に乗り入れると、グルリと一周して市内に戻るほうに針路を取った。この先には志賀島の海水浴場があって、まだこの時間は混んでいるからと高橋は言った。一応、目的は果たしたし帰ることにはアタシも異存はなかった。それにそろそろ戻らないとバイトに「遅れる」と言ってある時間にさえ間に合いそうにない。
 高橋はCDをエミネムに変えた。
 ラップ・ミュージックにはあまり興味がないので、ヒット・ナンバーでもない限り曲名までは分からない。高橋はリズムに合わせて微妙に体を揺らしていた。
 アタシはこの男のことを掴みかねていた。
 諦め気味の素っ気ない物言いの割には、由真のことを話すときには崇拝と言ってもいい響きがあった。
 由真が口癖のように使う”遊び相手のルックス云々”の範疇には入らないと思うのだけれど、少なくとも由真の信頼を勝ち得ているという自信のようなものは感じられた。
 まあ、それでも彼が由真の騎士になるには相当な努力が必要な気はした。この前は見当違いな逆恨みをしたことは棚に上げて、アタシは少しだけこのオタク男を応援してやりたくなった。
 最初の駐車場でいいと言ったのだけれど、高橋はバンディットを停めたダイエーまでアタシを送ってくれた。
「連絡先を聞いておいてもいい?」
 アタシはクルマを降りるときに訊いた。
「構わないけど。ちょっと待って」
 高橋は自分のケイタイを操作した。するとアタシのケイタイが短く鳴った。「履歴をメモリに入れておいてくれ」と高橋は言った。
「どうしてアタシの番号を――あ、由真が教えたの?」
「いや。人のケイタイの番号を調べるのなんて、そんな難しいことじゃないんだよ。そういうの得意なんだ。時間をくれれば、キミのスリー・サイズだって調べられるかもね。あ、ウチの新商品に女性のバストが大きくなるっていうのがあって、結構売れてるんだ。何なら送ってあげようか?」
「いらない」
 前言撤回。コイツは好きになれない。
「……探偵にでもなったら?」
「考えておくよ」
 高橋はクルマをスタートさせた。クラクションを短く鳴らして、夕方のラッシュの中に滑り込んだ。







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