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Left Alone

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  第 12 章  

 どうにも生きた心地のしない由真の運転で、BMWは姪浜駅のam/pmの前にたどり着いた。
「……そんなに露骨に怖がらなくていいじゃない」
 由真は頬を膨らませて抗議した。
 言ってやりたいことは山ほどあったが、小さく手を挙げて謝意を示すだけにした。やれと言われれば彼女の運転技術とマナーについて一時間は説教し続けることができるが時間の無駄だ。
「ゴメンね、急にバイト入っちゃって」
 アタシの内心のため息に気づく様子もなく、由真は済まなそうに言った。
「しょうがないよ。ミチルさん、倒れちゃったんでしょ?」
「お腹壊したんだって。またヘンなもの食べたんじゃないかな」
 ミチルさんというのはプロダクションの古参のスタッフで、胃腸が弱いくせに悪食という不治の病の持ち主だ。彼女の代役として非常召集がかかって、由真は糸島の現場に直行することになっていた。仕事がなければ声がかからないアタシと違って、スタッフとしてバイトしている由真には時々こういうことがある。
「そんなに長くかからないらしいから、真奈も一緒に来れば?」
「やだよ。だって現場に社長がいるんでしょ。この前の水着の仕事、断ったから気まずいんだよね」
「やればいいのに。胸パットならいっぱい用意してあげるからさ」
「……ぶつよ?」
 外はいよいよスコールのような大雨になっていた。アスファルトに叩きつけられた雨粒が弾けて路面に薄いヴェールのようなもやを作り出している。少しだけドアを開けると、轟音と埃っぽい湿った空気の匂いが車内に流れ込んできた。
「じゃあ、また後で」
 クルマを降りて駅舎に向かう。車寄せの上には波のようにうねったデザインの屋根が張り出しているので濡れることはない。
 天神までの切符を買って高架上のホームに出た。ちょうど同じタイミングで空港行きの地下鉄の電車がホームに滑り込んできていた。福岡市営地下鉄とJR筑肥線は相互乗り入れになっていて、姪浜駅は地下鉄空港線の始発駅でもある。市内方面へ向かう途中、姪浜と室見駅の間で地下に潜るようになっているのだ。

 そんな理屈は知っていても、地下駅で見慣れた銀色の車両を地上で見るのは何だか奇妙な光景だ。
 空いている席に座ってiPodのイヤホンを耳に突っ込む。うるさいロックを聴く気にはなれなくて、プレイリストからノラ・ジョーンズを選んだ。柔らかなスモーキー・ヴォイスと雨に煙る街の光景は意外なほど合っていた。
 葉子の部屋から拝借してきたセシル・マクビーのバッグから、例のスクラップ・ブックを取り出した。
 おかしなことになったものだ。
 アタシが知りたかったのは、アタシが頑なに目を背けてきた事件の向こう側の人々――白石葉子や渡利純也、あるいはその取り巻き連中――のことだ。
 今さら知ってどうなる、という想いもなくもない。正直に言えば葉子からの手紙がなければ、そして彼女の死がなければアタシはずっと目を向けることはなかっただろう。しかし、あの事件を受け入れて乗り越えるためには、知らなくてはならないような気がしたのだ。どこまで知れば自分が納得できるのかはまるで分からなかったけれど。
 それなのに、事態はアタシが思っていたのとは違う方向に動いているようだった。
 もちろん、葉子の部屋を荒らしたのはただの空き巣で、葉子がアタシを捜したのは――上社が言っていたように――三年前のことを謝罪したかったからで、ひき逃げは不幸な事故だったのかもしれない。このスクラップブックだって何となくそこに置いてあっただけかもしれない。しかし、由真が言うように偶然にしては重なりすぎている。
 そして葉子の卒業文集から見つかったあのメモ。そこにもう一つ、偶然で片付けるわけにはいかない一致があった。


 地下鉄天神駅で列車を降りて、駅の入口のドトールで遅めの昼食を済ませた。さすがに二日酔いの影響もなくなって、チーズトーストとコーヒーを胃袋に収めるのに大して時間はかからなかった。
 もっとしっかり食べたい気もしたけれど、由真と合流して食べることになるのを考えると(おそらくお腹を空かせてくるはずだ)食べ過ぎるわけにもいかない。去年のアタシならここでガッツリ食べておいて、由真との食事は食事で「それは別腹」などとほざいていたに違いない。監視の目がなくてもそれくらいの自己管理はするようになったのだから、アタシにも多少は職業意識(バイトだけど)というものが芽生えているのかもしれない。
 もう一杯コーヒーを飲むかどうか思案していると、ケイタイが鳴った。ディスプレイには番号しか表示されていない。つまり、アタシが知らない番号ということだ。
 以前はそういうことに割と無頓着なアタシだったが、最近は自分の番号を教えるときには必ず相手の番号も訊くことにしている。何故なら――アタシに何の興味があるのか分からないが――モデルの仕事をするようになってからやたらと電話番号を訊かれる機会が増えたからだ。相手だけが自分の番号を知っているというのはあまり気持ちのいいものではない。
 とは言っても、それも百パーセント守れているわけではなかった。どうしようかと思いつつ通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
「上社だ。いきなり電話してすまないな」

 目の前にあの芝居がかったにやけた顔がないせいか、電話越しの声は逢ったときの三割がたは落ち着いたものに聞こえた。
「先日はどうも、ご馳走様でした」
 有難いとは欠片ほども思っていないが、礼は言っておかねばなるまい。なので、そこだけは敬語を使う。

「いや、喜んで貰えたんなら何よりだが。――今、何してる?」
「天神にいるわ。それより、どうしてアタシの番号を知ってるの?」
「調べたのさ。渡した報告書に載ってただろう」
「ケイタイの番号なんて、どうやって調べるのよ?」
「君は知らんだろうが、世の中にはちゃんと携帯電話の番号を教えてくれる一〇四みたいなサービスがあるんだ。普通の番号案内より割高だがね」
「あんまり真っ当な仕事じゃないみたい」
「確かにそうだな」
 上社は喉の奥で笑うような声を出した。
「で、何の用なの?」
「いや、大した用じゃない。時間が空いたんで、もしよければお茶でもと思ったんだ」
「アタシは別に暇じゃないわ」
「そうみたいだな。声の調子で分かるよ」
「……上社さんって超能力者みたい」
「歳に似合わず喩えが古臭いな。別にテレパシーが使えるわけじゃない。観察力と洞察力。それに想像力。どれも探偵には不可欠の能力なのさ」
「ご高説どうも。他に用がないならこれで」
「ああ、すまなかった。じゃあ、また」
 会話はそこで途切れた。上社はアタシが通話を切るのを待っているようだった。通話を切ろうとして、ふと思い立った。
「そう言えばさっき、ケイタイの番号が調べられるサービスがあるって言ったわよね?」
「言ったが、それが?」
「その会社って、電話番号から住所と持ち主を割り出したりできるの?」
「固定電話のことか。多分できるだろう。タウンページに載ってる番号なら、そこに頼らなくても逆引き検索サイトで調べられるが」

「それじゃ引っかからない番号なの。多分、個人名義の電話なんだと思うんだけど」
 由真も同じ事を言っていて、逆引き検索は由真が持ち歩いているノートパソコンで試していた。
「なるほど。言ってみてくれ」
 葉子の文集のメモを引っ張り出して、そこに記されている二つの番号のうち、千原和津実の自宅ではなかったほうの四で始まる番号を読み上げた。
「――オーケー、分かったら電話する」
「お願い。かかった料金も教えて」
「デートしてくれるんならロハで構わんが?」
「払います」
 アタシはキッパリと言った。上社は特に残念がる様子もなく「そんなに時間はかからないだろう」と言って電話を切った。

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