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Left Alone

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  第 38 章 

 それからしばらく他愛もない話をしてロシア料理の店を出た。
「じゃあ、これで失礼します。その……ご馳走さまでした」
 そこだけは一応、敬語で言った。半ば強引に付き合わされて礼を言うのは今ひとつ納得いかないけど、自腹では二の足を踏むような食事を奢ってもらったのは事実だ。それに、初めて飲んだズブロッカはちょっとクセになりそうな味で、それを知る機会だっただけでも礼を言う価値はある。
「そういう歳に似合わず律儀なところは、本当に恭吾によく似てるな」
 上社は可笑しそうに目を細めた。
「アタシと村上さんが?」
「ああ。あいつ、そういうのは煩いからな。そのくせ、妙に厚かましいところもあるから不思議だよな」
「二重人格のAB型だからじゃないかな」
「かもしれん。ちなみに俺は何型に見える?」
「B型」
「大正解。血液型占いって当たるもんなのかね」
「どうなんだろ。アタシもそんなに信じてないけど」
 実際、アタシは一〇人中九人までO型だと言われるけど、れっきとしたA型だ。
 これから何処へ行くのかと訊いたら、上社は小指を立てて見せた。飲んでいてクルマには乗れないので――メルセデスは中央区役所の近くの立体駐車場に突っ込んであった。そこも彼の経営らしい――歩いていくらしい。上社の大きな背中を見送って、アタシはケイタイの時計を見た。
 ちょっと駆け足で行けばギリギリで西鉄の終電に間に合う。タクシーという選択肢もなくはないけど、このところちょっと出費が多いので節約することにした。祖父から持たされてるクレジットカードは余程のことがない限りは頼らないことにしている。
 ケイタイをポケットに放り込んで駅まで走り出そうとしたとき、メールが届いたことを知らせる短いアラームが鳴った。
「……誰だろ?」
 ディスプレイに表示されているのは留美さんの名前。文面は<手が空いたら連絡して>という短いものだった。
 ほろ酔いが一気に醒めた。

 考えなくてはならないことがあまりにも多すぎて、アタシは留美さんに連絡をし損ねていた。
 いや、それは嘘だ。
 アタシはどうにかして和津実の死を意識の外に追いやろうとしていたし、そのために留美さんに電話をかけるのを後回しにしようとしていた。電話すれば嫌でも和津実の遺族のことを訊かなければならないからだ。遺族と顔を合わせるのをわずらわしいと思うほど自分が腐っているとは思いたくない。でも、アタシがそれを気が滅入る苦行のように捉えているのは否定できなかった。
 和津実の死に関して、アタシには何の責任もないはずだ。それは間違いない。責められるべきは彼女を特急列車の前に突き飛ばした人物だ。
 しかし、遺族からすればそういう問題ではないだろう。生前の彼女に会った最後の人間であるアタシに、せめて話を訊きたいだろうし、あるいは文句の一つも言ってやりたいはずだった。どうして和津実を止めてくれなかったのか、と。
 それは誰よりもアタシ自身が感じていることだった。アタシがあんなお節介をしなければ、和津実の夜逃げは実行に移されなかったかもしれない。そうすれば、彼女は南福岡のあのホームになど現れなかったかもしれないのだから。

 しばらくの逡巡のあと、留美さんのケイタイを鳴らしてみたが留守番電話だった。
「あの、真奈ですけど。……また、連絡します」
 それだけ吹き込んで電話を切る。
 手近なショーウィンドウで自分の顔を覗きこんだ。頬のあたりが赤らんでいるのは今さら隠しようがない。消臭効果のある飴で酒臭さを抑えるくらいしかできないだろう。しかし、それ以前にいつものTシャツとジーンズで通夜に行くわけにはいかない。
 自宅に電話をかけた。
「はい、榊原ですけど――」
 由真のよそ行きの取り澄ました声が出た。ウチに居候し始めた当初は”徳永”と言いかけて、慌てて言い直すことが多かった。いつ頃からよどみなく言えるようになったのか、その時期はよく覚えていない。
「アタシ。今、何してんの?」
「ちょうどお風呂から上がって、ビール飲んでる。これから村上さんのパソコンの解析に取り掛かるとこ。そっちは?」
 さっき上社と別れたところだと答えた。ロシア料理の店だったと言うと、由真は無邪気に「お土産は?」と訊いてきた。アタシは要らないと言ったのだが、上社から強引に持たされたピロシキがあるのでそう答えた。
「で、どうしたの、いったい?」
「ううん、ちょっとね。悪いんだけど、アタシの部屋に行ってお通夜に着ていけそうな紺のワンピースか何か、出しといてくれないかな」
「お通夜? ……あ、そういうことね」
 逐一説明しなくても察してくれる頭の回転の速さは彼女の美点の一つだ。アタシとしても嫌な気持ちを口にせずに済むのはありがたかった。
「ごめん、飲んじゃったから送ってあげられないけど。あたしも行ったほうがいいかな?」
「あんたは面識はないからいいよ。じゃあ、準備よろしくね」
 それだけ言って電話を切る。タクシーを拾って平尾浄水の住所を告げてから、もう一度、留美さんのケイタイを鳴らした。今度はワンコールで繋がった。
「――もしもし、真奈ちゃん? ゴメン、ちょっと出られなかったから」
 ひそひそと抑えたような声だった。
「こっちこそ、メールもらってたのに。あの……すいません、連絡が遅くなっちゃって」
「気にしないで。詳しいことはわかんないけど、そっちも大変だったんでしょ?」
「ええ、まあ……。今からお通夜に行こうと思うんですけど」
「そうしてくれる? ゴメンね、疲れてるのに」
 通夜は自宅ではなく、近くにある葬祭場で執り行われているらしかった。留美さんは今夜遅くまでそこにいて、弔問客にお茶を出したりする予定だと言った。
「すいません、留美さん。その……こんなことになるなんて」
 声が沈んでしまうのはどうしようもない。
「どうして真奈ちゃんが謝るの?」
「えっ? だって……」
「悪いのは和津実自身よ。あんな勝手なことばっかりやってたら、いずれ報いを受けるのは当たり前じゃない」
「でも――」
「ありがと。そう言ってくれるだけで充分よ」
 留美さんの声は、哀しげな朗らかさ、としか表現できない響きを持っていた。
「本当に悪いのはあたしたち、親戚一同かもしれないわね。いずれ痛い目に遭うって分かってたのに、関わりあいになるのが面倒で何も言ってこなかったんだもん。あたしだってもっと本気で和津実に向かい合ってあげればよかったのよ。ま、後から何を言っても遅いんだけど」
「そんな……」
「ホント、ありがとね。和津実のやつ、真奈ちゃんに迷惑ばっかりかけたのに、あんなバカのことをそんなに気にしてくれるなんて」
 留美さんは無理やり引っ張り出したような明るい声で「……もうこの話はおしまいにしよ?」と言った。葬祭場に着いたらワンコール鳴らすと言って、電話を切った。
 タクシーの窓に映る自分の顔を見つめながら、アタシはずっと和津実のことを思い出していた。
 白石葉子とのことを聞かされて多少は見る目が変わったとは言っても、彼女がアタシの父の運命を狂わせた連中の一人であることにも変わりはない。それどころか、彼女は自分の借金を返すために渡利が隠していた麻薬や金を自分のものにするつもりだったのだ。自分勝手に生きた人生の結末がどんなに非業なものであろうとも、それは自業自得としか言いようがない。蔑んでやることはあっても、彼女のために泣いてやる謂れなどどこにもなかった。
 しかし、そんな和津実にも何だかんだと言いながら自堕落な娘に助けの手を差し伸べる両親がいて、バカ呼ばわりしながらも通夜の席で心を痛めてくれる従姉がいて、そして、残された幼い子供がいるのだった。
 アタシがもし同じような目にあって命を落としたら、祖父母はどう思うのだろう。今は福岡にいない父親は遠い北陸の刑務所でそれをどう聞くのだろう。そして村上は――。
 そう思ったとき、初めて和津実の死を実感することができた。謂れはどこにもないけれど、アタシは静かに涙を流していた。

 留美さんは正面玄関の車寄せまで迎えに出てきてくれていた。
「すいません、遅くなっちゃって」
「ううん、そんなことないよ。――ありがとね、来てくれて」
 礼を言われると、心のどこかにチクリと痛みが走る。
「アタシ、お酒臭くないですか?」
 留美さんはアタシの顔に鼻を近づけた。
「大丈夫だと思うよ。どっちかって言うとミントの匂いのほうがすごい。ベロンベロンってわけじゃないんだから、そんなに気を使わなくてもいいのに。――ねぇ、そのワンピース、みんなに未亡人みたいだって言われてたヤツでしょ?」
 留美さんは可笑しそうに目を細めた。アタシが着ているのは先日、葉子の職場を訪ねたときと同じミッドナイト・ブルーのワンピースだった。喪服ならちゃんと持ってるが通夜に着ていくのはタブーだし、他に今の季節に着られそうなものの持ち合わせがなかったのだ。
 動き回らなくてはならないからか、留美さんは黒っぽいニットのトップスとパンツという格好だった。申し訳程度のメイクで髪は後ろで無造作に束ねているだけなのに、それでもそこにいるだけで人目を惹きつけているのはさすがとしか言いようがない。ただ、いつもの凛とした眼差しに少しだけ疲労の色がにじんでいるように見えた。
 通夜は葬祭場の中にいくつかある式場のうち、一番奥まった小さな部屋でひっそりと執り行われていた。廊下や控え室にいるのは大半が親戚と思しき人たちだけで和津実の友人らしき姿はなかった。和津実と近い年代なのは留美さんとアタシくらいだ。
 飾り気のない質素な祭壇に、化粧っ気のない和津実の遺影が飾られていた。
 夕べ、彼女のスッピンを見ていなかったら誰だか分からなかったに違いなかった。目はメイクをしたときの半分くらいの大きさしかない。顔はそばかすだらけで、眉は毛を抜いているせいで眉尻がほとんど存在しなかった。誰もが知る和津実と共通しているのはむやみに血色のいい頬と、脱色しすぎて白っぽくなった金髪くらいだ。
 祭壇の右側、葬儀のときに遺族が座るらしい椅子の並びに和津実の両親らしき男女が座っていた。留美さんはアタシを二人の前に連れて行った。
「叔父さん、叔母さん。彼女が榊原さん。ほら、夕べ、和津実と一緒だったって」
「ああ、貴女が……」
 和津実と血が繋がっているとは思えないほどほっそりとした母親は、淡々とした口ぶりで言った。
 アタシは会釈して会葬者のお決まりの口上を述べた。こちらもやはり和津実とは似ても似つかない実直そうな父親が、ほとんど声にならない礼を言いながら頭を下げた。
 内心ではビクビクしていた。二人のどちらかが――あるいは両方が――いつ理性を失って声を荒げても何の不思議もないからだ。アタシに和津実の死の責任を問うのは言い掛かり以外の何者でもないが、筋が通らないことが必ずしも正しくないわけではない。
 焼香をあげて遺影に手を合わせた。元美容部員の力量を存分に発揮した写真が、両親の手元に一枚もなかったとは思えなかった。なのに、敢えてこの写真を遺影に選んだことが、両親が娘に抱いていた気持ちを表しているような気がした。
「……あの子に、和津実にいったい何があったの?」
 母親は向き直ったアタシに言った。ぞっとするほど平板な声。感情はあらゆる表情と一緒に削げ落ちてしまっているようだった。
 知っていることを順を追って話した。
 和津実が夫が作った借金で街金融の連中に追われていたこと。それを返済するためにかつての恋人が残したはずの麻薬や金を捜していたこと。しかし、それが手に入りそうになかったこと。忍耐の限度に達した街金融の男に連れ去られそうになったのをアタシが助けたこと。借金を返すことを諦めた和津実が夜逃げを決心したこと。そのための荷物を取りに行くのをアタシに頼んだこと。そのお礼代わりにアタシが個人的に調べていることについて、深夜のファミレスで和津実が知っている事柄を話してもらったこと。博多駅発の始発に乗るという彼女とその店で別れたこと。
 そして、別の件で南福岡駅に居合わせたアタシが、ホームに残された荷物から列車に轢かれたのが和津実だと気づいたこと。
 アタシが話している間、母親はただ黙ってそれを聞いていた。口を挟もうとする気配もなかった。アタシは自分の言葉が彼女に届いていないのではないかとさえ思った。
「和津実がホームから突き飛ばされたっていうのは本当なの?」
 由真によれば、報道では和津実の一件は”警察は事件・事故の両面から慎重に捜査している”ということになっていた。何を意図してそういうことになっているのは知る由もないが、警察が遺族にさえ事実関係を告げていないというのはちょっとした驚きだった。
「そういう話はアタシも耳にしましたけど、詳しいことは何も」
「……そうよね。ごめんなさいね、変なこと訊いて」
 親類の誰かが父親を呼びにきた。彼はもう一度、頭を下げてその場を離れた。
 どうしようもない沈黙がその場に漂った。留美さんも何を言っていいのか分からないようにアタシと和津実の母親を交互に見ていた。
「――この写真はね」
 かすかな吐息の後、母親は祭壇の娘に向き直った。
「和津実が子供を産んだとき、入院してた産婦人科の病室で撮ったものなの。遺影にするからカットしてあるけど、胸元にはショウを抱えてるのよ」
 背景は処理されているので何も写っていないけど、確かに服の襟は入院患者が着ているパジャマのような淡いグリーンだ。
「和津実さんのお子さん、ショウくんっていうんですか?」
「飛翔の翔って書くの。いかにも不良みたいだからやめなさいって言っても、そう名付けるって聞かなかったのよ」
 初めて母親の声に感情が混じった。大切な何かに触れるような繊細な微笑が浮かんでいた。しかしそれはすぐに消え失せてしまった。  
「ねえ、榊原さん。和津実の夫に会ったことは?」
 アタシはないと答えた。
「どんな男かはご存知?
「多少は。あまり良い話は聞きませんね」
 もっとハッキリ言ってやってもよかった。妻を連帯保証人にして借金を積み上げた挙句、自分だけとっとと姿をくらますようなハンパなヤクザ者。そうしなかったのは誰かに遠慮があったからではない。この場でそんなことを口にしたくなかっただけだ。
 母親は長くて細いため息を吐き出した。
「箸にも棒にもかからない男だとは思っていたけど、それでも、子供が生まれれば少しは責任感も出て落ち着いてくれるかと思ってたの。でも、やっぱり駄目だったのね」
「数日前から行方をくらましている、と和津実さんが言ってました。連絡はまるで取れないようでしたね」
「そう……。やっぱり、ね」
 何がやっぱりなのかは分からない。しかし、アタシはそのことを問い質すような立場にはなかった。
 次の弔問客が式場に入ってきた。それをきっかけにその場を辞することにした。母親はようやく、かろうじて笑顔と分かる程度に目元をゆるめた。
「わざわざこんな遅くに来てくださって、本当にお礼を言うわ。――それと、和津実を危ない人たちから助けてくださったことにもね」
 母親は深々と頭を下げた。
「いえ、そんな。……アタシは何も」
 それは謙遜でも何でもない事実だ。礼を言われるに値することなど何もしていなかった。

 タクシーで帰るつもりだったけど、留美さんが家まで送ってくれることになった。
「いいんですか、抜け出したりして?」
「いいのよ、そんなに人も来てないし。ちょっとくらいサボらせてよ」
 留美さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、かなり旧型のハイラックス・サーフをスタートさせた。ディーゼル・エンジンの野太い振動音でせっかく流れているジェイムズ・ブラントの美声が台無しだったが、持ち主は気にしている様子はなかった。
「――やっぱりって、何かあったんですか?」
 留美さんは何の話か分からないように「ん?」と訊き返した。さっきの和津実の母親の話だと付け加えた。
「ああ、あれね。和津実のダンナ、どうやら叔母さんたちにも借金の申し入れをしてたみたいなの。翔が生まれてもまったく寄り付きもしなかったくせに、急に一人でフラッと現れてね。ま、それだけ追い詰められてたってことなんだろうけど」
「もともと、何の借金なんですかね」
「さあね。本人は事業をやってるとか寝言みたいなこと言ってたらしいけど、どうなんだろ。あたしは遊んで作ったもんだと思うけどな」
「同感ですね」
 和津実の母親にとっては、娘を死に追いやったのは自堕落な娘婿ということになっているのだろう。警察が和津実の死を両親に”自殺ではない、殺人だ”と告げていない以上、母親の怒りが向かう先はそこしかない。
 実際に吉塚正弘が事件に関わっているかどうかは、今の段階では何とも言えない。藤田警部補には南福岡駅で事情を話したときに行方をくらました夫のことや和津実のアパート前で起こった拉致未遂のことも説明してあるが、その後の進展はまだ聞かされていない。
 夫の線は薄いような気がしていた。怨恨や痴情は”放蕩者の夫と残された妻と子”という図式で見る限り、和津実が加害者になることはあっても被害者になることは考えにくい。保険金殺人の可能性がまったくないとは言えないが、郵便受けの惨状を鑑みると保険料を払い続ける余裕があったとは思えない。
 似たような理由でタチバナたちの関与も今ひとつピンとこなかった。同じように生命保険で回収する算段がなされていればともかく、そうでもなければ債権者が債務者を殺すメリットはない。そんなリスクを侵すくらいならアパート前で中断している拉致劇を再開して、何処かの風俗店にでも売り飛ばすほうがよほど現実的だ。
 しかし、それ以上に権藤が和津実を殺したという話が釈然としない。そうしなくてはならない動機、それによって得られる利益のいずれも権藤にあるとは思えないからだ。二人にどんな接点があったかも謎だ。警察が和津実の件を権藤の犯行として発表しない理由はその辺にあるのかもしれない。
「そう言えば、同じ駅で同じくらいの時間に警察官が撃たれてたんだってね。しかも同じ警察官に」
 留美さんの口調は訊きにくいことを探るような感じだった。
「撃たれたのはノンのお店に来てた刑事さんでしょ。博多署の村上さんっていったっけ。ノンがテレビのニュースで見て、慌てて電話かけてきたからビックリしたわ」
「アタシの知り合いです、どっちも」
「どっちも?」
「撃ったほうはアタシの父親の元上司、撃たれたほうは元同僚です」
「そうなんだ!?」
 留美さんは心底驚いていた。あまりのことに思いっきり余所見運転になっている。
「撃たれた刑事のほうからSOSが入ったんです。それでアタシ、あの時間に南福岡にいたんですよ」
「そしたら、同じ駅で和津実が列車に轢かれてたってわけか。……偶然にしては出来すぎてるような気がするね」
「どうしてですか?」
 留美さんの見立てに異論があるわけではない。他人の視点から見た意見を聞いてみたかっただけだ。
「だって、和津実はジュンの元カノで、撃たれた刑事さんはジュンの事件を追いかけてたわけでしょ。撃ったほうの刑事さんは関係あるのかどうか分かんないけど」
「まったくないってわけでもないですね。そのひと、渡利の事件のときの県警薬物対策課の課長ですから」
「へえ……。だったら、やっぱり今度のことも関わりがあるんじゃないかな。具体的にどうってことは分かんないけど」
「ですよね」
 そうなのだ。三人に共通しているのは渡利純也の一件しかあり得ない。しかし、その図式はピースがまるで足りていないパズルのように、断片的な絵柄をキャンバスに作り出しているだけだ。それがどういう形で繋がって一枚の絵を作り出すのか、まるで見当もつかない。
 その間を埋めていくのはアタシの役目ではない。警察の仕事だ。現に桑原警部たちがその仕事に当たっている。もっとも、彼らの優先順位は権藤康臣の身柄の確保が第一で、事実関係の解明は逮捕後ということになるだろうが。
 それは間違いではなかった。権藤が拳銃を持って逃亡している以上、第二の被害者を出さないことが彼らの最大の使命だからだ。捜査の過程で三年前の事件に行き当たったとしても、あくまでも権藤の立ち回り先を特定することに彼らは捜査力を傾注するに違いない。
 それはそれでもいい。権藤をこの手でとっ捕まえてぶん殴ってやりたいのは事実だけど、警察が大量の人員と物量を投入して捜している男をアタシが先に見つけるなんて妄想以外の何者でもない。
 それよりもアタシにはやるべきことがある。村上が法を冒したかどうかはともかく、彼がやろうとしていたことは誰かが引き継がなくてはならない。何もしないで放置することは、村上の身柄を拘束して彼の動きを封じようとしている誰かを手助けしているに等しい。
 そして、その役目は誰が何と言おうとアタシのものだ。
「じゃあ、真奈ちゃんは今までやってたことを続けるんだ?」
「そのつもりです。自分にどれだけのことが出来るか、まったく分かりませんけど」
「あたしに手伝えることはある?」
「……どうしてですか?」
「あのね、真奈ちゃん。死んだのはあたしの従妹なんだよ?」
 留美さんはフロントガラスの向こうの闇を凝視していた。
「このまま何もしないなんて我慢できない。そりゃ、あたしは真奈ちゃんみたいに警察官の知り合いもいないし、役に立たないかもしれないけど、それでも――」
「だったら留美さん、若松郁美を捜してもらえませんか?」
「郁美を?」
「ええ。和津実たちのトリオの生き残りだし、アタシの推測が正しければ彼女こそがアタシの父が救おうとした女の子なんです。話せば何か、新しい事実が分かるかもしれません」
 無論、人の足取りを追いかけるのは容易なことではない。他人のことは言えないが何の経験もない素人には手に余るかもしれない。それでもまったくツテのないアタシよりは、友人のネットワークを持つ留美さんのほうが僅かでも可能性は高いように思えた。
「――そうだね。やってみる」
 留美さんはそう言って、力強くうなづいた。

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