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Left Alone

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  第 47 章 

 ホストクラブに関するアタシの知識は、テレビやマンガなどから得られた乱切りのものを偏見という名のだし汁で真っ黒になるまで煮込んだ程度のものだ。つまり、本当のことは何も知らないと言っていい。
 あながち嘘でもないけどあんなにぶっ飛んだ世界でもないというのが、なかなか降りてこないエレベータを待っている間の留美さんの解説だった。
「要するにクラブとかキャバクラとか、ああいうのの接客する側とされる側の男女が入れ替わっただけだよ。料金だってちょっと割高なくらいかな。――もう、そんなに心配することないって」
 留美さんが可笑しそうに目を細める。アタシがあまりにも根掘り葉掘りいろんなことを訊くからだ。
「……そうですかぁ?」
「そうよ。まったく、これで一人で乗り込むつもりだったって言うんだから呆れちゃうよね。無鉄砲にも程があるわ」
「はあ……」
 そう言われてはバツの悪さに顔をしかめるしかない。
「でも、よく聞くじゃないですか。ホストにハマってお金を貢いだ挙句、借金のカタに風俗に売られちゃったとか、そういう身を持ち崩す女の人の話」
「それは普通の店だって同じじゃない?」
 普通の、とは女性が接客側のという意味だろう。
「ま、そうはいっても、お客が身を持ち崩すのがホストクラブのほうが多いのはホントらしいけど」
「どうしてですか?」
「お金を注ぎ込む動機が男と女じゃ違うからよ。男の人がああいうお店に通ってお金を使うのはホステスへの下心があるからでしょ。だから、モノにできそうにないと思えばその店には行かなくなるし、そうじゃなくてもその娘からは手を引く。でも、女は下心じゃなくてホストに入れあげてる自分に酔ってるの。だから歯止めが効かなくなる」
 かなり偏見が混じっている気もするが、大筋ではその通りのような気もした。
「留美さん、ホントにホストクラブの常連みたいですよ?」
「なーんてね、これは常務の受け売りなんだけど。あの人、いろいろ苦労してるから」
 留美さんは片目を閉じて暗黙の理解を求めてきた。
 アタシもあの経営者姉妹の話はいろいろと耳にしている。特に妹――常務のほうは旦那がとんでもないろくでなしで、一時期、福岡を離れざるを得なかったのもそのせいらしかった。今では離婚が成立して背負わされた借金も片付き、一人息子の成長だけを楽しみにしている。ホストクラブで身を持ち崩さない程度に遊ぶのは許される範囲の娯楽なのだ。
 ようやく降りてきたエレベータに乗った。
 何か良い策でもあるのか、ボタンを押す留美さんはウキウキしているようにさえ見えた。アタシが口ほどにもなくビビっているのが、相対的に余裕を生み出しているのかもしれない。事前の打ち合わせで、ここへは留美さんが従妹の死に関わる経緯に疑問を抱いて、和津実のかつての仲間たちを訪ねたという形をとることになっていた。そのほうが双子の警戒心を煽らずに済むし、余計な衝突も避けられるはずだというのが留美さんの言い分だ。
「腹が立つのは分かるけど、二人に突っかかっちゃダメよ」
 留美さんの宥めるような口調に、アタシは曖昧な微笑で応えた。
 実際のところ、アタシは倉田兄弟に対してそれほどの怒りを感じているわけではなかった。父の事件の直後、一番荒れている時期だったならどうだったか分からない。けれど、アタシが彼らを知ったのは三年の月日が経ったつい先日のことだった。気に喰わないのは事実でも、渡利純也に対して抱いたのと同じ感情までは持てなかった。
 和津実のことを気に入らないと思いながら、憎みきるまでには至らなかったのとは少し違う。どちらかと言えば、アタシにとって彼らは過ぎ去った昔の話の登場人物のような部分があった。あるいは、アタシは父の事件についてある程度知ったことで客観的に捉え始めているのかもしれない。今となってはアタシが過去の経緯を追っているのは自分のためというより、村上が何を思ってあの事件に拘り続けたのかを知りたいからだ。
 ラ・ロシェルの入口は神殿の柱を模したような白い外枠の中にマホガニー色の重厚な扉があるというよく分からない造りだった。そこにピカピカに磨き上げられた”La Rochelle”というシルバーのプレートが嵌め込んである。どう見ても三流劇団の公演のセットにしか見えないが、夜の街ではこういう過剰な演出も必要なのだろう。
「何かあったら、アタシ、暴れますからね」
 留美さんは苦笑いを浮かべた。
「そんな、最初からケンカ腰で構えなくてもいいじゃない。話を訊きにきたんでしょ?」
「そうですけど……」
「とにかく、この場はあたしに任せて。おかしな事にならないようにしてあげるから」
 馴染みの店に行くような気軽さで留美さんはドアを開けた。
 だだっ広いフロアに高い仕切りのボックス席とバー・カウンターという配置は、葉子が働いていたラウンジとあまり違わないように見えた。暗い色調のウッドパネルの壁と白いテーブルは入口の店構えと同じ色合わせだ。店全体がそういうコンセプトなのだろう。全体的にトーンを落とした中に間接照明を配しただけで、席の灯りはテーブルのキャンドルで賄っている。どうにもあざとい感じだけれど、甘いムードを醸し出そうとしているのならそれなりに効果は上がっていた。
 まだ八時を過ぎたばかりで客はボックスに二組いるだけだった。ホストクラブの客層の半数以上は飲み屋や風俗関係の女の子なので、早い時間は暇なのだとは留美さんに聞かされていた。
 いかにもホストという感じの身なりの男たちが数人、こんな時間に現れる珍客に一斉に視線を向けてきた。茶髪をソフトワックスで立たせたマネージャーっぽい物腰の男性が礼儀正しさの下に訝しさを隠した笑顔で近づいてきた。
「いらっしゃいませ。ウチの店は初めてですか?」
「ええ。でも、知り合いが勤めてるはずなんだけど」
 留美さんが答えた。マネージャー氏の眉がほんの少し持ち上がった。
「スタッフの名前は?」
「源氏名は知らないの。倉田和成くんと康之くん。今日は来てる?」
「あの二人ですか。ええ、出勤してますよ」
「そう。じゃあ、あの二人を呼んでくれる?」
 マネージャー氏の視線がカウンターに飛んだ。そこにいた一人がそそくさと奥へ入っていく。
「ちなみにお知り合いってどんな――?」
「お友だちよ。ちょっと昔のね」
 留美さんの嫣然とした笑みにマネージャー氏の営業スマイルが応えた。
 追従の笑みを浮かべるかどうか迷って、素っ気ない顔をしておくことにした。アタシの立場は先輩モデルに半ば強引に付き合わされている後輩でドライバーということになっている。主にアルコールを飲まなくていいようにする口実だが、それがあまり乗り気に見えるのもおかしな話だった。何だかんだ言いつつも内心では興味津々なのだけれど。
 席を用意する間、アタシたちは入口の近くで待たされた。見た目が第一の世界だけあって店内にはいたるところに鏡がある。アタシたちが立っているところのすぐ横にも大きな姿見があった。
 あらためて自分たちの格好を見やった。留美さんはサテン生地の黒いブラウスにローライズのスキニーデニム、低いヒールのついたパンプスといういつものようにマニッシュな出で立ち。対照的にアタシはブルーのタンクトップに肩口が大きく開いたオフホワイトのワンピースの二枚重ね、足首の細いバックルで留めるラバーサンダルという格好だった。バッグを持ちたくなかったのでアクセント代わりに締めたサッシュベルトにウェストポーチを通して、財布とケイタイだけを突っ込んである。
 一応、下に短いスパッツを履いてはいるが、裾に隠れているのでパッと見た感じは超ミニで脚は丸出しもいいところだ。万一のときに蹴りを放つのにスリムなパンツは都合が悪いのでスカートかワンピースを、と言ったのは確かにアタシだけど、まさかこんなものを用意されるとは思わなかった。
「真奈ちゃん、ホント似合ってるよ」
「……どうも」
 留美さんの声にはしてやったりという忍び笑いが、アタシの声にはどうしても憮然とした響きが混じる。
 アタシたちはフロアの奥まった角のボックス席に案内された。グラスや水差しなどのセットが置かれていて、真ん中にはカットグラスの灰皿にピンク色のキャンドルが灯っている。ボトルは何にするかと訊かれて、留美さんは平然とハウスボトルと答えた。
「……いいんですか、そんなので」
 祖父のクレジット・カードを使ってある程度の出費には備えてきていた。必要ならボトルを入れてもいいと言ってある。
「いいのよ、初回は飲み放題って設定になってるんだから。何を入れるか訊いてくるほうが失礼だよ。それとも何、真奈ちゃんったらボトル入れて通う気なの?」
「バカなこと言わないでください」
「またまた。あーあ、鬼姫もイケメンには弱いってか。何なら常務のお供、替わってあげようか?」
「あのね――」
「ねえ、お供がどうしたって?」
 からかわれているだけと知りつつも敬語を忘れかけたとき、ちょっと鼻にかかった甘えた声が会話に割り込んできた。
 同時にもう一人の低い声の男が、アタシに向かって「いらっしゃい、隣、座っていい?」と、友だちの家に遊びに来たような気安さで話しかけてきた。いいと言ってもいないうちから二人はアタシと留美さんを挟むようにボックスに入ってきた。
 それが規則でもあるように二人とも襟を立てたシャツの胸元をはだけて、ピンストライプのブラックスーツに身を包んでいる。甘えた声の主は栗色の髪をトサカのように逆立てた優男、低いほうはこういうところでは珍しい(だろう、おそらく)細い刈り込みの線が入ったボウズ頭のシャープな顔立ちだった。
 急に腕組みしてふんぞり返った留美さんは、そのままテーブルに載せかねない勢いで高々と脚を組んだ。
「相変わらずね、あんたたち。それがお客さまに対する態度?」
「うわお、留美じゃん。そっか、昔の知り合いでこんなとこ来んの、お前くらいだよな」
「ちょっと、どういう意味よ」
 留美さんはトサカの優男を睨んだ。そう言えば、留美さんはこの双子をあまり面白く思っていないと言っていた。双子がやたら上から目線だったのが原因だったはずだ。
「モデルの仕事、上手くいってんだろ」
「そんなでもないけどさ。ちょっと、あたし一人じゃないんだから、自己紹介くらいしなさいよ」
 双子の視線がアタシに向かってきた。二人の顔に貼り付いた底の浅い笑みに怖気にも似た不快さを覚えた。この席でなければ問答無用でぶん殴りたいくらいだ。
「こんばんわぁ、俺、カズ。アルファベットでK・A・Z・Uね。で、こいつがコウ」
「つーか、俺たちの名前知られてるんでしょ。だったらヤスって呼んでくれよ。こっ恥ずかしいからさ」
 甘えた声がKAZU――倉田和成で、低い声のほうがコウ――康之ということだ。二卵性でも血が繋がっているのならもう少し似ていてもよさそうなものだが、赤の他人でもおかしくないほどこの兄弟は似ていない。
 次の瞬間からマシンガン・トークの勢いで和成の質問攻めが始まった。「名前は?」「歳は?」「モデルなのか?」などなど。果ては「彼氏はいるの?」まで、質問はおよそ初対面の相手に訊くことではないところへも及んだ。
 アタシは問題ない範囲で質問に答えた。どうせ偽名で通せはしないので(留美さんがいずれアタシの名前を呼んでしまうからだ)下の名前だけを名乗った。歳は逆にサバを読んで二十歳、留美さんの事務所の後輩だと答えた。彼氏は「ご想像に任せる」と答えたが、その瞬間に和成の視線がアタシの指に飛んだ。
 アクセサリの類をまったくしないのでアタシはフェイクの指輪すらしていない。元彼から貰ったクロムシルバーのリングは机の引き出しにしまったままだ。由真がサイズが合わないリングをくれたことがあるけど、空手で鍛えたアタシの指は由真の華奢な指とはまるで基準が違っていてピンキーリングにもならなかった。
 和成の目が少し得意げに細まった。
「俺の目はごまかせないよ。募集中でしょ?」
「――まあ、そんなとこかな」
 アタシが言うと、留美さんがフンと鼻を鳴らした。
「あのね、カズ。言っとくけど彼女、すっごい面食いなんだからね。あんたなんかお呼びじゃないってよ」
「チェッ、相変わらず口が悪いよな、留美は」
 和成は拗ねたように頬を膨らませた。アタシは薄い作り笑いを浮かべて見せた。とても接客業とは思えないタメ口でも相手を不快にさせるような響きはない。おそらくはこの馴れ馴れしさがこの男のファースト・コンタクトの常套手段なのだろう。
 その間に康之は手馴れた手つきで水割りを作って留美さんの前にグラスを置いていた。クルマだからと言ったアタシの前にはジンジャーエールが置かれている。双子も自分たちの飲み物を作ってそれぞれの前に置いていた。
「いつも、こんな感じなんですか?」
 アタシ以外の三人に怪訝そうな表情が浮かんだ。
 理由はアタシの敬語だった。口に出してから客のアタシが敬語を使うのはおかしいことに気づいたが、二人が留美さんとタメ口だったので反射的にそうなってしまったのだ。
 言い直すのも変だし、この場ではアタシは留美さんの付き添いにすぎないのでそのまま通すことにした。
「相手によるよね。話好きそうな娘なら聞き役に回るし、あんまりこういうとこに慣れてない娘のときはこっちから盛り上げるし」
「それにしても、あんたたちはちょっと馴れ馴れしすぎよね」
 留美さんが口を挟む。和成はまたしても頬を膨らませた。アタシには(おそらく留美さんにも)何のアピールにもなっていないが、そういう表情に母性本能をくすぐられる客もいるのかもしれない。
「で、真奈さんってモデルの仕事初めて、どれくらいになるの?」
 康之が言った。低い割によく通る声で、もう少し深みがあれば鈴木雅之のモノマネができそうだ。物腰も年齢の割には落ち着いていて、浮わついて見える和成とは対照的なキャラクターだ。おそらく双子の間には暗黙の役割分担があって、盛り上げ役の和成に対して康之はクールな笑みを浮かべてフォローに入る役回りなのだろう。
「まだ三ヵ月くらいですね」
「そんなもんだっけ?」
 留美さんが目を瞬かせている。本当に驚いているようだった。おい。
「そうですよ。ゴールデンウィーク過ぎてからだから」
「それにしては貫禄があるよねえ。ねえ、そう思わない?」
「確かにね」
「なんて言うの、オーラってヤツ?」
 双子は口々に同意を示した。アタシは苦笑いを浮かべながら内心で盛大にため息をついた。
 和津実の事件――ひいては渡利純也のグループのことを聞き出すにも、いきなりでは双子の警戒心を刺激することになる。彼らにとっても決して良い思い出とは限らないし、特に椛島と吉塚に追い込みをかけられた事実は触れられたくもないだろう。最初は当たり障りのない話で打ち解けておく、というのが留美さんの作戦だった。しかし、その手段としてアタシにいじられ役が割り振られることにはやっぱり納得がいかない。
 しばらくの間、三人はアタシをネタにして盛り上がった。話が一番白熱したのは「アタシが誰に似ているか」だった。
 アタシはいろんな芸能人に似ていると言われる。ただし、要は面長で鼻筋が通っていて目許がきつめであれば誰でも似て見えるという話なので統一感はまるでない。一番多いのが天海祐希で次が冨永愛だというのがその証拠だ。双子はそれぞれ大久保麻梨子と伊東美咲を挙げたがどうせお世辞なので愛想笑いで応えた。留美さんが「あたしはイ・ジュンギだと思う」と言ったのにだけ「それ、男ですから」と反論しておいた。
「……そういえば、乾杯してないよね」
 和成は急に思い出したように言った。そういうものかと思っていたが本当に忘れていたようだった。
「そう言えばそうですね」
「あんたたち、ちゃんと仕事しなさいよね。――ま、あたし、ホントは乾杯なんかしちゃいけないんだけど」
「どういうこと?」
 康之が僅かに眉根を寄せた。アタシは緊張を悟られないようにゆっくりとグラスをコースターに戻した。
「喪中なの」
「モチュウって?」
 和成が本気――だろう、おそらく――で訊いた。そんな一般常識もないのかと内心で呆れていると康之が「誰か、亡くなったの?」とフォローを入れた。
「親戚がね。テレビのニュースにも出たんだけど、見なかった?」
「いや、見てないけど。つーか、お前の親戚なんか知らないし」
 和成は何の屈託もなく言い放った。康之も肩をすくめた。あらかじめ打ち合わせてあった質問だ。アタシはさりげなく双子の仕草や気配に目を配った。
「俺も見てないな。どんなニュースだよ?」
「昨日の朝、南福岡駅で人身事故があったでしょ。あれよ」
「ああ、特急に誰か飛び込んだとかいうやつね。それならFMのニュースで聴いた」
「それが留美の親戚?」
「そういうこと」
 和成は顔をしかめた。気の毒がっているようにも嫌な話を聞いたからともとれる表情だったが、動揺している様子ではない。
「自殺かぁ……。そりゃ大変だったな」
「ううん、それが自殺じゃないの。誰かに後ろから突き飛ばされたのよ」
 康之がギョッとしたように目を見開いた。
「ちょっと待てよ。それじゃ、殺されたんじゃないか」
「そうよ。ねえ、カズ。あんた、ホントにあたしの親戚を知らないの?」
「はぁ? いや、知らね――」
「ちょっと待てよ。まさか、死んだのって……和津実か!?」
 康之が和成を遮って大声を出した。和成もそれを聞いて驚いたように目を丸くしている。静かだった店内中から視線が飛んできて、双子は慌てて他の席と待機中のホストたちに目顔で謝った。店内の微妙なざわつきの中で、小さな音量でジャズ・ナンバーが流れていたことに初めて気づいた。流れているのはジョン・コルトレーンの〈My Favorite Things〉だった。
「ど、どうして……?」
 康之の声は震えていた。
「さあね。でも、あんたたちの昔の悪事と繋がってる話みたいよ。あの子、ジュンが残したクスリを捜してたみたいだから。今日はその話をしに来たのよ」
 留美さんは済ました顔で声のヴォリュームを上げていた。和成はとっさに手を伸ばして留美さんの口許を押さえようとした。反対の手の指を唇に当てて沈黙を求めている。顔は必死の形相と言ってよかった。
 苦笑いを抑えられなかった。どれだけ胡散臭い連中の巣窟だとしても、客商売である以上はスタッフに元ドラッグの売人がいるのを客に知られるのは都合が悪い。そして、仕事ぶりから双子が店の中でそれほどの力がないと見て取ると、留美さんはいきなり揉め事を起こすほうに舵を切ったのだ。アタシのことをケンカ腰と言っておきながら彼女のほうがよほど好戦的だ。
「と、とりあえずそ……その話はさ、他のとこでしない?」
 和成は目を白黒させながらよく回らない呂律を叱咤するように自分の頬を張った。それまでの甘えた印象とはまるで異なる行動だ。
「他のところって?」
「とりあえず店の外で話そう。――俺たち、昔のことは隠して働いてるんだ」
「そりゃそうでしょうね。あんたたち、店を出ても大丈夫なの?」
「ああ。どうせ今の時間はヒマだし、二部までに戻ればいいから」
 二部が何のことかはともかく、要するに忙しくなるまでに戻ればいいということだ。それはこっちにも好都合だった。彼らから話を訊くために営業が終わるまで待たされるのは勘弁して欲しい。
「着替えてくるから、先に国体道路沿いにあるカフェで待っててくれ」
 康之は言いながらマネージャー氏に向かって人差し指を軽く交差させる仕草をした。チェックということだろう。アタシは二人分のセット料金をテーブルに置いて立ち上がった。
「すっぽかしたら、分かってるでしょうね?」
 留美さんは今まで聞いたことのないドスの効いた声で言った。来なければ彼らの悪行を店にバラすということだ。狭い中洲のことだ。この店を叩き出されれば他のホストクラブで働くのも簡単ではないだろう。
 さっそく外出の言い訳をしている双子を尻目にアタシたちはラ・ロシェルを後にした。
 和津実を殺害した誰かと双子が関係がないとは言い切れない。だから、こんな小芝居で探りを入れてみた。もし、彼らが和津実の殺害に何らかの接点を持っているのなら、その従姉である留美さんの来訪に警戒心を抱かないはずはない。その上で南福岡駅の事件を持ち出せば、表面上はしらばっくれてもどこかに動揺が表れるはずだと踏んだわけだ。
 彼らは動揺したが、アタシの思惑とは違う形だった。それは彼らが三年前の事件から遠ざかって生きてきたことを示していた。
 もちろん、彼らが第一級の役者である可能性は残されている。ただし、その可能性は未照合の年金が明日になったらいきなり照合されているのと同じくらいの可能性だった。
 和津実の件については二人はシロ――アタシの直感はそう結論づけていた。

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