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Left Alone

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  第 75 章 

 家に帰る移動手段がないと言うと、加藤が送ってくれることになった。軽自動車でもパトカーはパトカーで心理的に乗り心地のいいクルマではないが、好意に甘える身で文句を言ってはいけないのだろう。
 パトカーは一度那の津通りに出てから渡辺通りに進路をとっていた。この時間なら平尾浄水まではどんな道を通ってもあまり変わらない。
「馬渡さん、いなかったね」
「そうですね」
 加藤は少し申し訳なさそうに言った。
 アタシとしては最初からこんな時間にいるはずがないと思っていたし、そもそも馬渡本人と連絡がとりたかったわけではない。アタシの目的は公安課に”深夜に馬渡警視に連絡をとろうとしたサカキバラマナなる若い女”の痕跡を残すことだ。DVDを手に入れて大きな目的を果たし様子見に入った連中をいぶり出すには、やつらの足元に火を放つしか方法がない。
「ところで、榊原さん――」
「真奈でいいです。苗字で呼ばれるの、あんまり好きじゃないんで」
「そうか。真奈ちゃん、あれから村上警部補には会えた?」
「会えてませんよ。あの嫌味な監察官が親に会わせるのも渋ってるらしいんで」
「片岡さんね」
 アタシは加藤の横顔を見た。加藤は苦笑を浮かべていた。
「加藤さんだっていっしょですよ。あのときアタシを遮ったじゃないですか」
「しょうがないだろ。一介の巡査部長が監察官の命令に逆らえるわけがない」
「それはそうですけど。……ねえ、加藤さん」
「なんだい?」
「村上さんの容態、知りませんか?」
 権藤に撃たれてから早くも三日が過ぎた。一命は取り留めたと聞いていてもその後のことはまったく耳に入ってこない。元姑の力を借りてまで法的代理人の地位を確保している菜穂子にも洩れてこないのはおかしな話だった。まあ、それだけ片岡警視が厳重な緘口令を敷いているということなのだろうが。
「まだ、意識が戻っていないと聞いてるよ。弾丸はすべて摘出されてるし危険な部位にも当たってないらしいけど、発見が遅かったからね。出血性ショックを起こしかけてたんだ、そう簡単に回復はしないさ。……あ、ごめん」
 加藤は横目でアタシの表情を見ていた。
「でも、医者の話じゃ命に別条はないってことだしさ。時間がかかってるってだけだよ」
「……そうですよね」
 狭い車内に沈黙が満ちた。
「そうそう、ところで」
 加藤が取ってつけたような明るい口調で言った。
「なんですか?」
「四課の馬渡さんに何の用なんだい?」
「それは――」
 目の前の気のいい警官を信用していいものか。
 信用できそうだと直感的には思うし、アタシのその手の直感はあまり外れない。話しても構わないような気はした。しかし、あまりにも複雑な構図を一から説明する気力が今のアタシには欠けていた。
「ごめんなさい、言っちゃいけないって言われてるんで。それより、加藤さんってあの人がマル暴にいた頃から知り合いなんですか」
「ん?」
「だって今、四課の馬渡って」
 捜査四課、通称マル暴。公安課に配属されるまでやつはずっとそこにいた。
「ああ、そのことね。間違えたわけじゃないよ。馬渡さんのあだ名なんだ」
「……意味分かんないんですけど」
「県警の公安は三課までしかない。ついでに言っちゃうと公安総務課なんて部署もない。警視庁みたいに公安が部として独立してるとこにはあるけど、県警は警備部の中だからね。庶務はそっちでまとめてやるんだ」
 ますます意味が分からない。
「でも、名刺にはそう書いてありましたよ?」
「名刺は身分証明じゃないからね。一般人がやれば身分詐称だけど、あの人の場合は警察官なのは本当だし」
「そうですけど……。じゃあ、四課ってのはどういう意味なんですか?」
「何をしてるか分からないってことさ。正式な所属が何処なのかは俺もよく知らない。けど、公安の仕事をしてないことだけは確かだ。同期が三課にいるけどそう言ってた」
「へぇ……」
 新庄の後ろ盾を笠に着てやりたい放題。あの傲慢な男がやりそうなことではある。
「課の仕事をしてないのに、いざとなれば公安が守ってくれるんですね」
 アタシの質問がどこで繋がっているのか分からないように加藤は小さく眉をひそめた。
「何のこと?」
「権藤課長を撃った件です。いくら、アタシに銃を向けてたからって何の警告もなく人を撃ち殺しておいて、まったくお咎めなしなんておかしくないですか?」
「そりゃあ、おかしいでしょ」
 加藤はあっさり認めた。
「それともう一つ、馬渡さんのことじゃ捜査課で動きがあった。でも、それもどこからかの圧力で抑え込まれちゃったね」
「吉塚和津実を殺した件ですか?」
 あの事件は権藤康臣の犯行という筋書きで幕引きが図られようとしている。
 しかし、権藤はアタシの前で突き落としたことを否定した。自分が殺したようなものだとは言ったが。あの時点で人を四人も殺害していた権藤が、いくらアタシの前だからといってあと一人の殺害を否定する意味はあまりない。権藤が和津実を走り込んでくる特急列車に突き飛ばしていないのは間違いないだろう。
 となれば、防犯カメラに移っていた犯人は誰だったのか。権藤によく似たシルエットの持ち主で事件に関与がある人間は一人しかいない。馬渡敬三だ。
 捜査本部がその可能性を視野に入れていて、実際に動いていたというのは少し驚きだった。桑原の話では別人説はあってもそれが具体的に誰なのかまで把握している感じではなかったからだ。結局は権藤に罪をかぶせて手打ちにしているのだから大したことはないのだが。
「それにしても、加藤さんっていろんなことに詳しいんですね」
 アタシが言うと加藤は得意げな顔をした。そういう表情が嫌味にならないところがこの男にはあった。
「下っ端だけど顔は広いんだ。おかげでいろんなところに呼び出されるし、行けばいろんなことが耳に入ってくる」
「そうなんですか。じゃあ、もう一つ教えてください」
「何を?」
「警察は権藤さんが和津実を殺した動機を何だと思ってるんですか?」
「どうだろうね。被疑者死亡により不詳ってところじゃないかな」
「……でしょうね」
 実際にやっていない人間の動機など、どれだけ調べたところで浮かんでくるはずがない。でっち上げれば別だが。
 しかし、それはアタシがこの事件の中で唯一違和感を感じている部分だった。
 何故、和津実はあんな惨たらしい形で殺されなくてはならなかったのだろうか。逆にいえば馬渡は衆人環視の駅の構内という、一歩間違えば自分も捕まってしまうようなところで犯行に及ばなければならなかったのか。
 こんな言い方はしたくないが、殺すのならもっと他のタイミングがあったはずだし、そこまでしなくても和津実の存在を消してしまう方法はあった。吉塚の市営住宅前で立花たちに拉致されようとしていたとき、立花が友人を外国に売り飛ばしたと和津実自身が言っていたではないか。
 そうであれば可能性は一つだ。当初は和津実を殺すつもりはなかったし、その必要もなかった。やつらは和津実が葉子からDVDを託されていないことさえ確認できればそれで良かった。
 しかし、あの朝、急にその必要が生じたのだ。
 二人が会って話をすることをつかんだ馬渡は待ち合わせ場所の南福岡駅に先回りしたのだろう。和津実の居所を把握していたわけではないだろうから、マークされていたのは権藤のほうかもしれないが今はそれはいい。
 問題は”急に生じた必要”だった。
 いくら人を人と思わないような連中であっても、無意味に死体をこしらえるわけにはいかない。死体が発見された事件を揉み消すことはいくら新庄でも不可能だからだ。それなのに最後の手段を選んだのには相当の理由があるはずなのだ。
 そしてそれは、和津実が渡利のDVDとは別に新庄を破滅に追い込めるだけの何かを握っていたからに他ならない。
 例の八センチDVDだろうか。
 あれは言ってみれば事故映像のオリジナルであり、裁判の証拠として微妙なところがあるとしても世に出ていいものではない。和津実が自分を追わせないように、あるいは逃走資金を引き出そうと取引を持ちかけた可能性は否定できない。
 だが、和津実は八センチDVDを市営住宅に残していっている。アタシに事細かにバッグに詰めるものを指示した彼女が大事な取引材料を持ち出させるのを忘れたとは考えにくい。となると、取引材料は別のものだったということになる。
 要はそれが何だったのか、だ。
 想像をめぐらしてもそれが何だったかなど分かるはずがない。言えるのは一つだけ。もしそれがあるとしたら郁美の遺品の中だ。留美さんによれば郁美のアパートから運び出された家財道具――大半はゴミらしいが――は和津実の実家の倉庫に運び込まれている。
 脳裏に市営住宅の惨状が蘇った。あの中から何の目星もなく探し物をするのかと思うとぞっとするが、他に方法がないのなら仕方がない。
 
(……まてよ?)

 和津実の死後、奴らは取引材料を回収できていないはずだ。いくら奴らが無茶なことを平気でやるとしても、周囲の住民の目がある中で家捜しができたとは思えない。だとするとやつらは次にどう出るのか。
「……真奈ちゃん?」
 加藤の声でアタシは我に返った。
「はい?」
「大丈夫かい? 何だか真っ青な顔してるけど――」
「あ、いえ……」
 その時、アタシのケイタイがけたたましい音をたてた。一瞬、由真からかと思ってあわてて引っ張り出したが、サブディスプレイに出ていたのは留美さんの名前だった。
「もしもし?」
「真奈ちゃん、たいへんッ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「火事なの! 和津実んちが火事なのッ!」
「何ですって……?」
「ねえ、あたしどうしよう、どうしたらいいの!?」
「留美さん、落ち着いてください!」
 自分でも無理なことを言っているとは思った。留美さんは途中から半狂乱になって話は進まなかった。アタシは彼女が無事かどうかを少しキツイ言葉で落ち着かせながら確かめた。
 説明によれば燃えているのは留美さんが留守番をしていた母屋ではなく、駐車スペースを兼ねた広い庭を挟んだ離れのほうだった。アタシが例の事故映像を見せてもらったオーディオルームがあった建物だ。
 アタシが帰った後、留美さんは離れに足を踏み入れていないらしかった。そうでなくても火の気があるような建物ではない。あるのは市営住宅から運び出された和津実の遺品。

 ……何てことしやがる。

 身ぶるいを抑えられなかった。
 まるでアタシの考えを読んでいたようなタイミングだが、実際にはそんなことはあるまい。単なる偶然だ。
 ただ、今になって和津実の家に火が放たれたのには合理的な理由があった。堆く積み上げられたゴミの山から目当ての物だけを探し出すのは現実的ではない。家ごと燃やしてしまえば手間が省けるし確実だ。
 電話の向こうからはけたたましいサイレンの音も聞こえた。
「和津実の両親には電話しました?」
「え、えっと……まだ」
 第一連絡者はアタシだったのか。頼りにされているのは嬉しいが苦笑いが浮かんだ。
「今からそっち行きますから。留美さんは叔父さんたちに連絡をお願いします。それと家の外には出ないように」
「……どうして?」
「いいから、とにかくそうしてください」
 いつか村上から聞いた話だが放火犯は自分がしでかしたことを見届けたくなって現場に戻ってくるものらしい。火を放ったのが新庄の手の者であれば、当然、留美さんがアタシと関わりがあることを知っているはずだ。それだけの理由で危害を加えようとするとは考えにくいが用心に越したことはない。
 留美さんはおびえた声で支離滅裂な話を続けていた。和津実の両親に連絡させるのなら電話を切らなくてはならないが、それも酷な話だった。
「真奈ちゃん、そこまで送って行こうか?」
 加藤が受話器が拾わないくらいの声言った。アタシは少し考えて「お願いします」と答えた。

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